月曜の朝一に必修の授業を設けているうちの大学は、少しどうかしていると思う。
そう俺が危惧した通り、その授業に出席する学生の数は回を重ねるうちに段々と少なくなってきている。彼ら曰く「来年頑張る」そうだ。
俺はそう言い訳して未来の自分の力を過信しすぎるふざけた考えが大嫌いだった。また、不思議でもある。今頑張ることだってできるじゃないか。なんで後回しにするんだ?と。

そんな理由で月曜の朝一の、この必修の授業に出ることは俺にとって重要なことであったし、休むなんてことはプライドが許さなかった。同じ学科の仙蔵や留三郎なんかからは「くだらないな」と言って一蹴されるが、他人にとやかく言われる筋合いはない。

今日も一人気合いをいれて朝は普段の30分前に起床し、昨日の夕飯の残りを食べ、身支度をして早めに家を出る。来週が提出期限のレポートの参考にしたい本を借りようと、さらに早く家を出た。
今日は朝から計画的に事が進んで気分が良い。耳が痛くなるほどの冷たい風が吹いても、爽快に感じられる。

授業開始時刻より大分前に到着したので、構内は人がまばらだった。早速教授の元に行って本を借りようと教授室へ向かおうとしたが、早朝の大学にあるまじき人だかりができているのが視界に入って思わず足を止めた。

「人だかり」とは言わないかもしれない。5、6人の学生が掲示板の前に集まって貼り出された紙を見上げている。
あの掲示板は休講や追試の案内が貼り出される掲示板だ。
なんだか少し嫌な予感がしてゆっくり近づいて行くと、掲示板を見上げていたうちの一人の学生がこちらを振り返った。

「おう、潮江!」

気さくに片手を挙げ、自分の名を呼んだとなるとどうやら知り合いらしい。あいにくこちらは彼の記憶が頭のどこにも存在していなかったので曖昧に片手を挙げ「おう」と返した。

「知ってるか?今日の一限の必修無いんだって」
「はあ?」
「せっかく朝から来たのになー」

学生は俺の目の前で大あくびすると、さっさと踵を返して去ってしまった。
さて、どうするかと、これからの予定を頭の中で組み直す。必修でつかうはずだった教室はしばらく誰も使わないだろう。とりあえず本を借りて教室でレポートの構成を考えるのが一番だと合点して荷物を置きに教室へ向かった。
教室に入ったと同時にマナーモードにして鞄の中に入れていたケータイが小刻みに震えた。確認すると立花仙蔵から着信が入っている。

「なんだよ」
『なんだよとはなんだ』
「何か用か?」
『ああそうだ、遅刻しそうだから点呼のとき私のかわりに返事をしておいてくれ』
「あ、今日の必修ないらしいぞ。掲示板に貼ってあった」
『そうなのか?お前はどこにいるんだ?』
「教室だけど」

一呼吸置いて、ケータイの向こうからクスクスと耳障りな笑い声が聞こえてきた。

『お前のあの、くだらないプライドがあだとなったか』
「うるせぇ、じゃあ切るぞ」

言わずもがな、仙蔵のその一言にカチンときて返事を待たずに電源のボタンを押した。
頭に血が上ったのを感じながら、本を集中して読む良い機会だと自分に言い聞かせて教授室へと足を進める。教授室は必修で使う教室のすぐ近くにあった。
ノックをして、失礼しますと言いながらドアを開けるが、部屋の中には誰もいなかった。

(勘弁してくれよ…)

本を借りることができなかったら次の授業まで何をしていればいいんだ。
怒られるのを覚悟で本棚を漁って探すしかない。

部屋の奥の方に大きな本棚と、寄り添うように小振りな引き出しが置かれていて、まず本棚に敷き詰められた本の背表紙を上の方から順番に見ていった。
探している本の題名が見当たらなくて、念のため二周、三周するが何度やっても同じだ。
一気にやる気が削がれたが、まだ諦めるなと自分の精神に鞭を打つ。
本棚の隣に並べられている引き出しの中には、学生が作成した中で特に優秀なレポートが入っている。丸写しは許されないが参考資料として展示されているのだ。もしかしたら自分と同じことをレポートの題材にした学生がいるかもしれない。

一番最初に開けた引き出しの一番上にあったレポートを試しにパラパラと読んだ。「人体と科学」というシンプルな題名で作成日は一年前となっている。

(すげぇな…)

展示されるほど優秀なレポートということで、マニアックで難しい科学用語をつらつらと並べあげたものを想像していたが、このレポートは「人体と科学」という極めて簡単で、そして漠然としているテーマについて独自の切り口で掘り下げている。
実際のところ、俺がこれから作成するレポートのテーマからはかけ離れたものだったが、このレポート自体に興味が沸いて、次の授業が始まるまでこれを読もうと決めた。
レポートの持ち出しは確か禁じられていたはずだ。しかし、しばらく無人だった教授室はとても冷えていて、長居するには向いていないと思い、誰もいないことを良いことにそのまま持って行くことにした。
教室へと戻りながらも今度は始めからじっくりと中身に目を通す。

(作成者は当時19歳で、これは一年前のだから…俺と同い年かよ)

正直言って自分は優秀な方だと思っていたが、まだまだ勉強が足りないようだ。

(名前は…ぜ、ぜんぽうじいさく?)

こんな大層な名前なら、聞いたことがあっても良いはずなのに初めて目にする名だ。
留年でもしているのか?こんなに素晴らしいレポートを書けるのに。
もし同じ学年だったら是非とも話をしてみたいものだ。


→5

110307
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -