朝、目覚めて体の異変に気が付いた。
妙に体が軽い。低い血圧のせいなのかわからないが昔から朝は苦手で、だるい体に鞭を打って朝一番の授業に出ていたものだ。
それが今朝は起きぬけの体の倦怠感もなく、頭も冴え渡っている。昨日ベットに入った時間はいつも通りだったのに何故だろう。
一瞬、昨日飲んだ惚れ薬(失敗作だったが)が頭をよぎったがそれはないなと一人で首を振った。
(それはない。絶対にない。)

若干強めに言いきかせるように心の中で呟く。
このままベットの中にいたら二度寝してしまうかもしれないのでとりあえず起き上がって朝食を作ることにした。

(そうだ、伊作はどうしよう)

見た目からしてなんとなく食事より睡眠を優先しそうだ。寝起きも悪そう。しかし昨日、彼の分の食事を作ると言ってしまった以上、早速約束を破るわけにはいかない。
起こそうとしても起きなかったりしたらほっとけばいいと思い、寝巻きのジャージのまま隣の部屋へ向かうことにした。

段々暖かくなってきているとはいえ、早朝の空気は凍てついている。思わず身を縮めながら足早に隣の部屋のドアの前に立った。あいつのことだから鍵を閉めずに寝てそうだなと思い、試しにドアノブを引いてみるとすんなりと開く。…後で注意しなくては。

「伊作ー入るぞー」

泥棒に間違えられては困るので一応一声掛けて靴を脱いだ。玄関に入った途端に薬独特のきつい臭いが鼻を攻撃してくる。その臭気に、嫌そうな顔を隠すことなくそのまま奥にズカズカと進んだ。

相変わらず、四方に実験道具がひしめいて妙に威圧感のある部屋である。
横のキッチンのガスコンロの上には小鍋がぐつぐつと音をたてて煮え立っていた。あれは昨日伊作が掻き回していた、惚れ薬の入った鍋だ。

「伊作?」

部屋の主が見当たらなくてぐるりと辺りを見回すと、ソファーにおとなしく横たわる伊作の姿があった。寝息一つ聞こえず、まるでソファーと同化しているようなその姿に、一瞬死んでいるのではないかと目を見張ったが、胸が僅かに上下に動いていて、ホッと息をつく。

「おい、朝だぞ起きろ」

纏っている毛布を引きはがすと、伊作が寒そうに身をくねらせた。それから顔を歪めながらゆっくりと目が開かれる。

「…え…なに…?」
「なに?じゃねえよ、朝ご飯やるから起きろ」
「朝は別にいらないんだけど…」

そう言いながらも面倒くさそうに起き上がり、洗面所の方へと歩いて行った。一晩かけてできた後頭部の寝癖が伊作が歩く度にぴょこぴょこと揺れている。

それにしても、ソファーで寝ていて体は痛くならないのだろうか、と先ほどまで伊作が寝ていたソファーをまじまじと見た。かなり前からベットとして使っているのだろうか、シートはペッチャンコになっていて「せんべい布団」ならぬ「せんべいソファー」状態になっている。

「お前、こんなので寝てて体痛くなんないの?」

洗面所から顔をごしごし拭きながら出てきた伊作に聞いてみる。伊作は顔を上げ、なんでそんなことを聞くのだろうとでも言いたげな顔をして少し考える素振りをした後、「確かに痛いかも」と答えた。

「じゃあベットとか買えよ」
「無理だよ。ベット入るスペースないもん」
「新しいソファーとか」
「…あんまり外に出たくない」
「結局それじゃねえか」

伊作は根っからの引きこもり体質のようだ。なんだか力が抜けて、考えるのも馬鹿らしくなりさっさと部屋に戻ることにする。後ろから「どうせなら和食がいいなあ」と言う伊作の気の抜けた声が聞こえた。

せっかくリクエストが出たので朝は味噌汁とご飯と卵焼きと焼き鮭にした。
料理をしているとき、昨日は俺の部屋を興味深そうに見回していた伊作だったが、今日は卵焼きを作る手元を俺のななめ後ろからじっくりと凝視していた。

「留三郎、きみってすごく器用なんだね。科学者に向いてるよ」
「何かあんまり嬉しくないな」

大学へ行く時間が迫っていたので気持ち早めに箸を進める。伊作はそんな俺を気にも留めずに卵焼きを頬張りながらマイペースにテレビを見ていた。

「あっ今日のO型最下位だよ」

その言葉を発した途端、伊作は肘で自分のお茶碗を突いてしまい、味噌汁をフローリングの上にぶちまけた。裸足の足にもかかったのか、「あつい!!」という言葉と共に、その足をテーブルにぶつけ、テーブルが大きく揺れる。

「…大丈夫かよ」
「あ〜熱い!うん、でもいつものことだから気にしないで。それより時間…」
「…やべっ」

気づけば出発を予定していた時刻になっていた。急いで持っていた箸を置き、床に置いておいたバックに持ち替える。気をつけてね〜という伊作の声を後ろに聞きながら「おう」とだけ答えて部屋を後にした。
そういえば今住んでいる部屋から大学に向かうのは初めてのことだった。新しい町並みに思わず心が躍る。朝というだけあって店はまだ開いてはいなかったが、全体的に外観が小洒落た店が軒を連ねていて、見ていて飽きない。

(家具屋…)

駅に向かって足を進めていると大きな家具屋を見つけた。店全体がガラス張りでシャッターも下りてなく、外から店内を見渡せるようになっている。手前の方に白いソファーベットが置いてあるのを見つけ、思わず立ち止まってしまった。
今朝の伊作の部屋に置いてあったソファーを思い出す。

(あれじゃあよく寝れないよな…)

考え込んでいたので、ケータイに着信が入っていることに気付かず数秒ソファーベットに見入ってしまった。しかし聞き覚えのある着信音を聞いて我に返り慌ててケータイをポケットから引っ張り出す。ケータイの画面には「立花仙蔵」の文字が表示されていた。

「もしもし」
『留三郎か。突然だか今日の一限は休講だそうだ』
「はあ?まじかよ」
『まじだ。ちなみに文次郎はもう教室に着いてしまったらしい。お前はどこにいるんだ?』
「俺は駅の近くの家具屋の前にいるけど」
『家具屋?』
「俺の隣の部屋のやつがペチャンコなソファーで毎日寝てんだよ。それ見てたらかわいそうになって」
『お前が買ってやるのか?』
「いや、教えてあげようと思って」
『なるほど。大事にされているんだな』
「え、何が?」
『その隣人と付き合ってるんだろう?』
「はあ!?違ぇよ!」
『そんなこと位で恥ずかしがるな。じゃあ切るぞ』
「あっ、おいっ!」

プチッという電子音がして、一方的に切られてしまった。弁解できなかったがまあいいや、とため息をつく。
ソファーベットを見ていたことを仙蔵にからかわれた気がして、意図せず空いてしまった時間をどこかの喫茶店かなんかで時間を潰そうと思い家具屋に背を向け駅の方へと向かった。
なんとなく伊作と会いたくない。
仙蔵の「その隣人と付き合ってるんだろう?」という言葉が頭の隅で反響していた。


→4.5

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