「綾部くん、アイスクリームとジェラートの違いはなんなんだろうね」

確か一週間前、更衣室でたまたま隣同士になったタカ丸さんが、ピンク色のカーディガンを脱ぎながら僕に言った言葉だ。僕はその時、静電気で逆立ったタカ丸さんの明るい髪に気を取られていて、彼の話に乗ってやることができなかったけれど、それから二時間後の数学の授業中、教師のカツラが微妙にズレていて、それをぼんやり眺めているときふいにその言葉を思い出したのだ。

まばたきと同時に僕の関心はカツラからアイスの話へと切り替わった。
アイスクリームとジェラート、そういえばどう違うのだろう。確かジェラートの方は舌触りが独特だった気がする。
眉根を寄せて考える僕を見て、教師が感心したように目を丸めた。珍しく僕が授業をちゃんと聞いてると思っているんだろうな。「すいませんアイスのことを考えてました」なんて言ったらどんな反応をするのだろう。

結局数学の時間はずっとそのことについて考えていた。いや、数学の時間だけではない。ここ一週間、それしか考えていなかった。
自分で調べるのはなんか「らしく」ないし、なにより面倒だったので、また次の体育の前の更衣室でタカ丸さんに答えを聞こうと思った。彼ならきっと色々な人に聞きまくって答えを出しているだろう。そう、好奇心旺盛な彼は予算会議が目前に迫り三徹で凄まじいオーラを出した状態の潮江先輩に「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どっちがいい?」と聞いた経歴があるのだ。

そして今日がタカ丸さんのクラスと合同の体育がある日だった。お昼をはさんで始まるので、少し早めに昼食を済ませて更衣室で待伏せる。
しかしお昼休みが終わっても始業のチャイムが鳴っても、ピンク色のカーディガンとまぶしい金髪は現れなかったのだ。

僕は本当に本当に落胆した。僕にしては珍しくこんなに興味が湧いたのに。
授業に出る気が起きなくてしばらく更衣室にしゃがみ込んでぼうっとしていたけれど、埃くさくて移動することにした。
屋上は今の時期はとても寒い。保健室に行こうか。
保健室は更衣室のある棟とは別の棟にあるので、窓から景色を眺めながら渡り廊下をノロノロと歩いた。グラウンドでは体育着を着たクラスメイトたちが持久走に励んでいる。皆が一様に一定のペースで走るその光景が酷くつまらなくて顔を反対側の窓に向ける。

僕の目が、ピンクと金色を捕らえた。

「タカ丸さん」

自然と口からこぼれた。タカ丸さんはグラウンドの反対側、中庭で穴を覗きこんでいる。僕が昨日掘った穴だ。穴の周りにはトイレットペーパーが転がっていた。十中八九あの人がまた落ちたのだろう。
案の定タカ丸さんが穴から引っ張り出した人物は、学園一(ひょっとしたら日本一)不運と評される善法寺伊作先輩だった。

「伊作っ」

斜め後ろから男の声が聞こえたかと思うと、その声の主が目にも止まらぬ早さでビタンッと音をたて窓に張り付いた。どこから湧いてきたのだろうと背中に冷や汗が流れる。
タカ丸さんとは対称的な黒い髪の青年だ。確か食満とかいう食いしん坊みたいな名前で、どっかの委員会の委員長をやっていた気がする。
そして、かなりの物知りらしい。

「食満先輩」

「バッ」という効果音を付けてやりたい勢いで食満先輩がこちらを振り返る。
お前、いつからここにいたんだ?と言われ、こっちのセリフだよと心の中で毒づいた。

「先輩、アイスクリームとジェラートの違いってわかりますか?」
「わかるにきまってるだろ、この二つの決定的な違いは空気含有量だ。ジェラートは空気含有量が35%未満と少なく密度が濃く味にコクがあるんだ。それに脂肪分が少ない」

それだけ言うと、また窓に向き直り中庭を凝視し始める。
なんだ、そんなことかよと思わずため息が出た。一気に論破されたため、先ほどまであったアイスクリームとジェラートへの興味がみるみるうちに萎んでいくのがわかった。
食満先輩は相変わらず額を窓に押し付け、のめり込むように中庭の二人を見ていた。
穴からはい出た善法寺先輩の体をタカ丸さんがはらってやったら横から「あっ」という情けない声が聞こえた。
まさか、と思っていたがやはりこの二人はそうだったのか。

僕の関心はアイスクリームとジェラートの話から食満先輩と善法寺先輩の関係に移ったようだ。





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