善法寺伊作はどうやら俺と同い年のようだった。彼の容姿に少し興味と親近感が湧いて、誘われるがままに部屋に招いてもらい、改めて歳を聞いたのだ。また、誕生日もかなり近いということがわかった。
彼の部屋は薄暗く、学校の理科室に置いてあるようなビーカーやら試験管やら、あと名前はわからないけれど見たことあるような実験器具が棚やテーブルにびっしりと並べられていた。その光景に少し気圧される。

「はいはい、お茶が入りましたよ〜」

下の名前で呼んでよと言ったのは伊作の方からだった。善法寺ってなんか重いんだよね。と続ける彼の横顔を見ながら確かに「善法寺」より「伊作」の方が彼のイメージに合っていると思い、伊作と呼ぶことにした。
伊作は部屋の奥からローテーブルを出してきて、そこに二人分のお茶と、茶うけのドラ焼きを並べた。部屋の中央に鎮座している古めかしいテーブルの上には、何やら怪しい液体がコポコポいっていたり複雑な計算式が書き殴られた用紙が一帯を埋めていて、使えるものではない。
同い年の部屋とは思えないな、と好奇心むき出しのまま部屋を見回していると、この部屋には酷く不釣り合いなポスターが、壁に遠慮なく貼られているのが目に留まった。あまりかわいいとは言えない、ポッチャリめの女の子の全身を写したポスターだ。
思わず眉間に皺がよるのがわかった。こいつ、こんなのがタイプなのか。

「言っとくけどこの子のような女の子がタイプってわけではないよ」

まるで俺の胸の内を覗いたかのような的確な台詞に、振り返ると伊作は「まずくなるから熱いうちに飲んでよ」とローテーブルに置かれた茶飲みをぐいぐいとこちらの手に押し付けてきた。
言われるがままにそれを飲み下すと食道に暖かいものが流れ込んでいくのを感じ、体の内側から暖かくなってきた。
高級な茶葉を使っているのだろうか。渋味と供に仄かな甘味も感じられる。
伊作は俺の一連の動作に、うんうんと頷き、満足げな顔をした。

「君だけには教えることにするよ。この子はね、ユカちゃんっていうんだ。僕の大切な大切な実験道具」

伊作の指がポスターを指差す。

「実験道具?」
「ウン。実は僕、惚れ薬を作っているんだ」

一瞬間を置いて、またおうむ返しに惚れ薬?と聞き返すと伊作は目を輝かせ、あさっての方向を向いて頷いた。どうやら自分の世界に入りこんでいるようだ。

「惚れ薬の調合はすごく難しくて成功者はまだ一人も出てないんだよ。飲むと悲しくなる薬とか笑いが止まらなくなる薬とかは開発されてるんだけど。でも飲むと悲しくなる薬なんて誰も飲みたがらないだろ?」
「あ、ああそうだな」
「僕は来る日も来る日も自分が作った惚れ薬を飲んでユカちゃんを見つめ続けた。ユカちゃんって僕のタイプと正反対なんだよ。僕はもっとほっそりした子が好きなんだ。だから僕がちょっとでもユカちゃんにときめいたら惚れ薬は大分良い線を行っているということになる。でもだめなんだ。二年間、作った薬を飲んでは彼女を見つめる作業をしたけれど、彼女にときめいたことはもちろん、ちょっとかわいいかもなんて思った日もなかった」

俺は最初に伊作と会ったとき、思い描いていた科学者のイメージとは違うと感じたが、熱弁を奮う彼の姿はまさしく科学者のそれであった。一心不乱に前のめりになって語る伊作が、高校のとき苦手だった化学の教師と重なる。

「そこで、僕はある仮説に辿りついたんだ。『惚れ薬は生身の人間に対してしかきかない』と。あと、科学者は常に実験を見守る立場に居なきゃいけないんだ。そう考えてたとき、ちょうど君がやってきた」

なんだかとても嫌な予感がする。伊作の光る眼がこちらに向いていて、まるで突き刺さったように痛い。

「あ、えっと、俺もうそろそろ帰るわ。薬、頑張ってな」

ゆっくり立ち上がった俺の腕を伊作の手が容赦なく掴んだ。その細い体のどこからこんな力が出てくるのかと問いただしたい程の力に思わず声があがる。

「ちょ、痛えよ!」
「まだ話は終わってないよ。それで僕は今、生身の人間の実験台が必要なんだ」
「俺は絶対協力しねえぞ!そんな危ない薬!」
「ふふ、勘がいいね。でも、君はもうまもなく、僕の実験に付き合うことを了承するよ」
「はあ?」

いつの間にか俺に絡まっていた伊作の手が消えていた。逃げだそうと思えばすぐ逃げ出せる状況だ。しかし俺は余裕の表情で壁にもたれかかる伊作が気になって、足が動かなかった。こいつ、何を企んでいるんだ。
ふと、俺の体が小刻みに動き出した。何だ?と声に出すより早く、おかしくもないのに笑い声が溢れ出てきた。

「あっはっははは!!」

なんだ、コレは。
俺の頭は驚く程冷静に今の状況を分析していた。その間にも俺の口からは意図せず発っせられた笑い声が溢れてくる。顎と横っ腹が痛み、思わずしゃがみ込むと、フローリングの軋む音がして、伊作が目の前に来たことがわかった。

「ふははは、」

「お前、何をしたんだ」と言ったつもりだったが、声帯は上手く機能してくれない。顔を上げると伊作が笑顔でこちらを見下ろしていた。顔に影が射していてまるで悪者みたいだ。

「きみのお茶に笑いが止まらなくなる薬を入れさせてもらったよ。笑いを止めるには解毒剤がないといけないんだけど」

伊作が言いたいことは重々理解した。要は、交換条件というものだろう。息が苦しくなって頭に血が上るのを感じ、何度も大きく頷くと、伊作は嬉しそうにポケットから小さな瓶を取り出し、こちらに差し出してきた。

「これ飲んだら止まるよ」

小瓶を伊作の手からひったくって中身を勢いよく口に含んだ。しかしこみ上げる笑いのせいでうまく飲み込めない。若干しゃくりあげながら無理矢理飲み込むと、途端に笑いが止まった。

俺の荒い息と、キッチンの奥の方からなにかがコポコポ煮える音以外、部屋は無音だった。

「僕の実験に、付き合ってくれるよね」

近くにいるはずの伊作の声が、やけに遠くから聞こえる。躊躇いはあったものの俺の首は縦に頷くしかなかった。


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