おれはよくものを失くす。
ついさっきもらって、手にしっかり握っていたはずなのに、ふと握った手を見るとそこには何もなかったりする。

幼心にして「これはヤバい」と思い、以来気づいたことや教えてもらったこと、ものを置いた場所など、すぐメモをとるようにしていた。
メモに書き綴るようになってからは失くし物も目に見えて減った。


何か連絡事項があったときにせっせとメモをとるおれを見て、女の子たちは「タカ丸くんってチャラそうに見えるけど、こういうところ案外律儀なんだね」と興味深そうに目をパチパチさせながら言って、ついでにアメをくれる。どうやらおれのその一連の動作にギャップを感じてくれるらしく、メモをとり続ける一つの理由になっている。おれはアメも女の子とのお喋りも大好きなんだ。

今日はそんな女の子たちと食堂でお昼ご飯を食べながら今流行りの髪型についてお喋りしていた。もう寒くなったから髪色落ち着かせたいなー、とか、はたまたあそこのカップルは年内で別れそうだよね。とか他愛のないお喋り。
男の子との会話はあまり好きではなかった。大体全てが理屈っぽくて頭を使うのだ。おれは女の子との、内容がすっからかんな会話の方が楽しい。

昼休みの終わりを告げる鐘が鳴って、さっきまで目を輝かせながら口を動かしていた女の子たちの顔が一斉に曇った。次は体育で、マラソンだ。
「お化粧と髪が崩れちゃう」
とぶつくさ文句を零す女の子たちと一旦わかれて男子更衣室に向かうことにした。あ、その前にジャージを持ってこないと、と気づいてロッカーへと足を進める。歩きながらズボンのポケットに手を突っ込んでロッカーの鍵を探った。出てきたのはコンビニのレシートのみだった。本当はいつもズボンの左右どちらかのポケットに入っているはずなのに、落としてしまったのだろうか。

尻ポケットに入れたメモ帳を取り出し今日の日付が書かれたページを見ても「放課後委員会」と粗雑な字で書きなぐられているだけで鍵の所在は書かれていない。どうやら本当に失くしてしまったようだ。思わずため息が漏れる。

「…やばい、一気にやる気がなくなった」

また失くしものか。しかもロッカーの鍵。ロッカーには教科書とか入っているのに。ああ、ローファーも入っているんだっけ。
どうしても授業に出る気が起きない。出たとしてもジャージがないのでこの寒空の下見学というオチだろう。
寒さで歯を鳴らす自分の姿が容易に想像できて、グラウンドに背を向け歩き出す。頭の中ではどこで時間を潰すのが一番最良か会議が行われていた。
ストーブがあるところがいい。無難に保健室かな。
足は自然と保健室へ向かっていた。
中庭を突っ切ったら早く着けた覚えがあるので上履きのまま中庭に侵入する。
整備がされてなくて、猫じゃらしなどの雑草が我が物顔で蔓延っている中庭の中心に、土とトイレットペーパーが散らばっていた。
そこでとある人物の顔が思い浮かぶ。学園一不運で、保健委員長の、

「善法寺くん?」

中庭の中心に近づくとやはりと言うべきか穴が掘ってあって覗き込むと思い浮かべた人物が尻もちをついていた。
茶色くて癖のある髪に土埃を乗っけて、顔も薄汚れている。善法寺くんは「またやっちゃったよ」と言うかのように困った笑顔でおれを見上げた。

「タカ丸くん、引き上げてくれないかなあ」
「いいよ」

差し出された手を引っ張る。彼はコツを掴んでいるらしく、おれに掴まれていないもう一方の手を巧みにつかって穴からはい出た。セーターに泥がついたが気にしないようだ。

「ありがとう、タカ丸くんがいなかったらしばらく出れなかったよ。サボりかい?」
「うん、ロッカーの鍵を失くしちゃってやる気が出なくて」
「ああ、ロッカーの鍵なら僕もよく失くすよ。その度に上履きで家帰ることになるからもう鍵をかけるのを辞めにしたよ」
「あ、その手があったか」

確かに善法寺くんの上履きは尋常ではないくらい汚れていた。形は綺麗なのに、全体的に黒い。
髪から土を払う彼を観察していたら首筋に赤いものを見つけた。目を凝らしてよく見る。

「ん?キスマーク?」

ポロリ、と思っていたことが言葉として漏れてしまった。まあいいか、と一人頭の中で呟く。善法寺くんはこんな不躾な質問をして怒るような人物ではないと知っていたからだ。その証拠に、やはり彼は柔らかく微笑みながらコクリと頷いた。

「バンソコ貼ろうと思ったんだけどなくしちゃってさ」
「ふーん、あれ、善法寺くんって彼女いたんだっけ?誰?」
「彼女というか…留三郎と付き合ってる」
「トメサブロウ?」

思考回路が一瞬停止した。留三郎とは用具委員長のケマくんのことだ。他に留三郎なんて名前の女の子なんていないし、多分男の子にもいない。つまり、そういうことだ。
初めは違和感を感じたが割とすんなりと「善法寺くんとケマくんは付き合っている」という情報が頭の中に入って、カチッという心地の良い音をたてて収まった。
そんなおれを見て、善法寺くんが不思議そうに言う。

「あれ、あんまり驚かないんだ」
「うーん、まあちょっと驚いたけど気にならないよ」
「ほう、それはよかった」

特に話すことがなくて黙ったまま散らばったトイレットペーパーを拾い、二人して保健室に向かった。途中でまた善法寺くんが穴に落ちそうになったけどおれが一声かけて未然に防ぐことができた。


保健室はストーブのお陰で暑いくらいだという善法寺くんの情報に、心が躍る。ストーブの前でまどろむ自分を想像したらいてもたってもいられなくなってほんの少しだけ足を早めた。
その時にチラリと隣を歩く彼を盗み見ながら頭の中のメモを心の中で反芻する。


「善法寺くんとケマくんは付き合っている」





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