褥に落つや一条の涙




 火であぶられたように熱い目が、絶えず水分を流し続けていた。それは蒸発することなく、押し付けた彼女の冷たい着物に吸い込まれていく。食い縛った歯の間から吐き出せなかった感情は、そうやって水に溶けて流れた。それを受け止めてくれる身体は細く、冷えていて。静かに添えられる華奢な手が無性に愛しくて、また涙が溢れてくる。
 みっともないとは思わなかった。こうやって自分より小さい彼女の身体に縋っていても、不思議と情けない気持ちにはならなかった。理由は遥か昔に知っている。

 皆が、餓死しそうだった。

 そう、呟いた。夢の話だというのは彼女も知っている。うなされていた自分を起こしてくれたのは彼女なのだから。

 俺は、沢山の饅頭を持っていた。

 仲間を救える唯一の手立て。これを食べれば、命を繋ぐことができる。
 ――そこで、気付いた。

 一人分、足りねぇんだ。

 彼女が息を止めたのが分かる。その事実が示す意味を、正確に汲み取ってしまったのだろう。聞かせたくなかった。こんな、絶望だけの夢物語は。

 一人を犠牲に沢山を救うのか、それとも。



 ――選択肢など、初めから無かった。

 自分は、主なのだ。
 仲間を守らなければならない。出来るだけ多く。出来るだけ犠牲は最小限に。ならば、答えは自ずと決まってくる。

 選べ、見捨てる誰かを。

 主として正しいことをするのだ。たった一人の犠牲で、何百人もの命が救える。とても心が痛むけれど、そうするしかない。迷うことはない。選ぶしかない。
 誇れよ仕方ないだろう。
 どうしようもなかったんだ。選んだ一人は可哀想だ。でも仕方ない。救えないんだ。



「――それはとても、残酷です」



 泣いていた。
 子供を叱る母親のような顔をして、頬を流れる雫を無視するようにして。けれど確かに、彼女は泣いていた。

「そんな残酷なことを、どうしてリクオ様がしなければならないんですか。おかしいです。すごく、腹が立ちます……っ!」

 零れた滴は、液体から固体になる。小さな音を立てて落ちるそれが、悔しくて仕方がない。その感情を受け止めることが出来ればと、切に願う。

「……選ばなくていいんです。しかたないなんてこと、ないんです」

 綻ぶように唇が笑みを形作った。
 彼女の意思が恐ろしいほど穏やかに、脳に染み渡っていく。

「その時は、わたしが――っ!!」

 言葉を飲み込ませるように唇を塞いだ。
 彼女が提示したのは、一番に否定した未来だったから。
 引っ込めたはずの涙がまた視界を滲ませて、二番目に否定した最悪の選択を思い出させた。



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