嘆きつつ涙に染むる花の色




『雪女はぼくがいないとダメみたいだから、ずっとそばにいてあげる』

 ありがとうございます、若。
 では私は、若をずっとお守りしますね。

『だーかーら! 守るのは、ぼくだよ!』

 じゃあ、守り合いっこしましょう。そうすれば、お互いさまですから。
 ――約束ですよ。覚えていて下さいね。

『雪女こそ。指きり、だね』






 無知ゆえの無謀や、望みの無い挑戦。それは自殺行為だと人は言う。勇気など、勝算が無ければただの虚勢に過ぎないのだと。英雄には栄光の舞台はあっても、挫折への応援は無い。救いを待つ人々は、復活の物語など聞いている暇は無いからだ。成功でなければ、全ては愚かな行いと見なされる。
 ならば、それが決意なのだとしたら。挑戦などではなくて、無謀だと分かっていて、それでも、覚悟が必要であったなら。
 死へと向かう英雄に、人々がかけられる言葉などあるのだろうか。ましてや、引き留めることなんて。

「……行かないで下さい、若」

 袖が雨に濡れて、ぐっしょりと重くなっていた。それは神が課した枷のようで、彼を止める事に対する拒絶のように思える。けれど止めなければならなかった。何を捨ててでも、どんなに拒絶されようと。
 若を失う事よりは、ずっとましなはずだから。

「帰れ、つらら」

 着いていくことすら、貴方の運命に付き添うことすら、許されないのですか。そばに居させて下さいといつもいつも、言っていたのに。

「約束、を」

 したでしょう。私が貴方を守り、貴方が私を守ると。契りを破れば針を千本飲むと、この小指に誓ったでしょう。
 同じように水を吸った彼の羽織を掴む。それは冷たく、人の体温はしない。暖かさを求めようと腕にしがみついた途端、その優しいはずの腕が鞭のようにしなり、振り払われた。
 雑巾のように地面へ落ちた。ぐちゃぐちゃと気持ち悪い音と感触。いつの間にか身体は冷えきっていたらしく、泥まみれになった手の平と足には生ぬるい温度が染み込んでいった。その中で右足首が異常な程熱い。たぶん、挫いたのだろう。それこそが神の意志か。追いかけることも、罪なのか。
 彼が一瞬息を詰まらせてこちらを見た。差し伸べようとしたのだろう手は、さ迷った後、虚空を掴む。

 その動作に、全てが込められているような気がした。一瞬だけ合った目が、何よりも雄弁に彼を語っている。この痛みは全て、彼の優しさなのだと。
 泥の上を這いずって、彼のそばへ。視界に留めたその足が、遠ざかってしまわぬようにと願いながら。身にまとわりつく着物は、地の色が分からないくらいになっていたけれど、それすら必要な対価に思えて。

「忘れません……っ」

 脚に、縋りつく。逃げられないようにきつく掴んで。爪痕が残ればいいとも思った。涙に似た雨が顔を伝って落ちる。

「守ると言った、約束を」

 貴方が忘れてしまっていても。
 記憶が色褪せてしまっていても。


「私は、忘れないっ……!」



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