知らぬ存ぜぬで隠した思慕よ
その銃はいつからか腹の中にあった。
否、産まれた時からそこに存在していたのかもしれない。ただ気づかなかっただけで。なんにしろそれは危険だった。理由は単純。自分の意思ではコントロールできないからだ。
安全装置は理性。
消音器は表情。
弾丸は欲。
引き金は、彼女。
構えるつもりがなくても、打つつもりがなくても、いつだって警戒を怠ってはいけなかった。安全装置が緩すぎる。そして引き金は恐ろしく簡単に引けてしまう。頭が痛い。最近よく思うようになった。いつか俺は、爆発する。
「若、若、起きて下さい」
目を開けて始めに認識したのは、池の水面に映る夜桜と身を揺さぶる冷たい手だった。素早く身を起こすと、彼女は驚いた様子もなく正座していた。穏やかに笑んだ表情。細く柔らかそうな手首。
「お布団を敷きましたから、そちらでお休みになってください」
ここでは風邪ひいてしまいます、と彼女は縁側の床を撫でた。居眠りをしていたのだ、縁側で。今更気づくとは、どれだけ彼女しか見えていなかったのか。遠くの布団と彼女だけが鮮明だった。痺れるような甘い匂いがする。まずい、と思う。これはよくない。口元に手を当てた。吐き出した息は焼けるように熱い。
「なぁ、つらら」
「はい、どうされました?」
「……今夜、いいか」
なにを、とでも言いたげに目を丸くする彼女を、射るように見つめる。それで彼女は察したようだった。分からなければよかったのに。
顔を真っ赤にした彼女の、首元を包むマフラーを絡めとる。露になった首筋は顔と同じく赤。おそらく自分の脳味噌も今はそうだ。毒々しい心臓の色。
「嫌か?」
慕われていることは知っていた。恋愛感情ではない。だが小さな時から見守ってきてくれた彼女は、少なくとも自分を嫌ったりしない。彼女は優しいのだ。強いのだ。だから。
「……だめ、です」
思考が止まった。何かが外れる音を聞いた。訳が分からない。弱々しく首を振って、彼女は今なんと言った?
「駄目です。だめなんです。リクオ様――」
そこからは聞こえなかった。否、聞かなかった。気がつけば彼女を抱えていて、布団へと向かっていた。
乱暴に投げ出した彼女が悲鳴を上げる。力加減が分からないから、仕方ない。潤んだ目で見上げてくる金色は綺麗だった。しきりに何かを叫んでいるようだが、何も聞こえない。掴んだ腕は震えていた。マフラーで一纏めにすると折れてしまいそうに細く、少し気が引けたけれど。
「……どうして」
泣き出す寸前の途切れた声だった。どうして、なんて。知ってるだろう。分かっているだろう。そういう時が来たことくらい。一番近くに居たのだから。
彼女は首を振った。そうじゃないと。考えを読んだのか、表情に出ていたのか。どんな顔をしていたのだろう。頭は回転していないのに、そのことだけが気がかりだった。
「わたし、なんですか」
そんなこと、決まってる。
このどす黒い腹の内を自覚した時から、この問いの答えは決めていた。
「……誰でもよかったよ、別に」
彼女は傷つく。そんな顔をする。それを脳に焼き付けて、俺はためらいなく引き金を引いた。