軌跡 ♂ノエ×♀ワジ


 肩を押し付けられたドアが、がたがたと音を立てた。決して新しいとは言えない建物だ。そのまま蝶番が壊れてしまっても、不思議だとは思わなかっただろう。

「……痛いんだけど」

 薄く笑って、それでも目は逸らしたまま言う。自分にしては珍しく、それは感情に従ったままの行動だった。この目の前の男が、その他大勢の下衆な男と同じ目で自分を見ていると思いたくなかった。押し込められた情欲と嫉妬、羨み。そんなもので頭がいっぱいの男は大抵、こんな場合同じことを言う。
『ほら、君は男の力に敵わないじゃないか』
 だからこんな仕事をするのはやめてくれ。
 鼻で笑う。彼らはその発言こそが、自身の欲望を浮かび上がらせていることに気づいているのだろうか。まさに余計なお世話。下心を弁えない男は嫌いだった。

「ワジ」

 名前を呼ばれることは分かっていたので、目線だけを彼に向ける。ただ目ではなく、引き結ばれた薄い唇を見つめた。

「……俺には君が分からない。君にからかわれてばかりの俺が、どう言えばあの仕事から身を引いてくれるのか、見当もつかないんだ」

 吹き出しそうになった。こっちからしてみれば、君の方がよっぽど不可解だ。初対面から大真面目な顔で未成年がどうだと説教をしてきたり、怪我をしていれば傷が残ってはいけないとその本人よりも慌てふためいてみたり。例えばそう、小さい頃は女みたいで嫌いだったというその名前を、何気なく誉めただけのことで。それだけで、とてもとても嬉しそうに笑ったり。
 そんな男が、今は見慣れた視線を向けてくる。ぞわ、と粟立った肌は悪寒故なのか、それとも。

「……じゃあさ、ノエル」

 試してみようと思った。かつて偽善に覆われた下心で触れてきた男達を振るい落とした言葉で、この男も。

「僕の犬になってよ」
「……は?」
「犬。わかる? 僕の言うことなんでも聞いて、呼ばれればすぐに飛んでくる玩具のことだよ」

 今度こそ、しっかりと目を見据えることが出来た。普段の強い眼差しからは想像もつかないほど幼い、その丸く開かれた目を。
 徐々に言葉を理解して、顰められていく眉を見ていた。怒りか、軽蔑か。どちらにしろ、彼のこの表情は見納めだ。寂しく思う気持ちが無いではない。彼をからかう度に見るそれが嫌いではなかったから、きっと自分は。

「…………」
「ねぇ、どうする?」

 どっちでもいいよ。答えは分かり切っているけれど。君がこれ以上無いほど嫌ってくれるなら、こっちも精一杯、君を遠ざけることが出来る。

「……れば、やめるのか」
「うん?」
「俺が頷けば、あの仕事をやめてくれるのか」

 予想に反して、その声は落ち着いたものだった。息を呑む。穏やかなはずの目が、焼き切れそうなほどの熱を孕んでいて。自分がいつ頷いたのかも分からなかった。肩が熱いと思っていたら、それは彼の掌のせいだった。なら、と彼の唇が微かに動く。聞いたこともないほど低い声で。

「俺は君の、犬になる」

 どこまでも真っ直ぐな視線だった。彼は揺らがない。変わらない。そんな彼を利用する自分の卑劣ささえも、受け止められてしまうほどに。



(−35℃の地平線)




――――――――
ここは笑うところです(真顔
ワジちゃんはワジくんよりなんか危うげそう(日本語が来ない
ちょっとマフィア関係の仕事に手出してたりとか、そのせいでかなり強かだったり、やさぐれてたり
ノエルさんもう…その…ままで…いけめん…
 



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