軌跡 ナユノイ


「おいで、ノイ」
 寝台にスペースを空けて、彼は柔らかな笑顔でそう言った。息が詰まる。上手く声が出せなくなっていた。クレハ様がアーサの部屋でお休みになる、ということはつまり、自分はナユタの部屋で眠りにつく、ということだ。十分に分かっていた。頭では。
 未だ枕の斜め上で浮かんだままの身体に、彼は苦笑して手を伸ばしてくる。幾度となく掴んできた暖かな手。もう二度と触れることはないと思っていた手があまりに愛しくなって、無意識にこちらから腕を伸ばしていた。彼は少し驚いたように動きを止めて、けれどすぐ泣きそうな顔で身体を柔く掴んでくる。
「おかえり、ノイ」
「うん。……ただいま、ナユタ」
 腕の中に収まった所で、お腹のあたりに彼の鼻が押し付けられた。柔らかい髪がくすぐったい。
「な、ナユタ?」
「ノイ、桜の匂いがする。……可愛い」
 異常と頬の熱さを自覚したのは、唯一無二の月が彼の目を照らしてくれたからだった。


(最低が過ぎたら来るのは最高だと聞いた)


よう考えたらノイってどっちの部屋で暮らすんだろ
 



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