ある日唐突に告げられた父の単身赴任。行き先は遠い海外だという。大好きな父と離れて暮らすなんて考えられなくて、一緒に行きたいと懇願した。けれど父は不思議なまでに頑なにそれを拒んだ。
 親戚もいないため父の古い友人のもとで世話になることになり、教えられた住所を訪ねると、そこには薄暗い雰囲気を湛えた洋館が聳えていた。まるで幽霊屋敷のような様相に不安を覚える。
 恐る恐る中に入ると、リビングで男性が倒れていて既に冷たくなっていた。心臓も動いていない。慌てて救急車を呼ぼうとすると、死体が突然動き出した。
 彼は自分がヴァンパイアだと明かした。ふと気がつくと周囲を五人の男に取り囲まれていた。彼らは全員ヴァンパイアなのだという。
 ヴァンパイアなどというお伽話の存在が実在するだなんて信じられない。けれど先ほど男性の心臓は確かに動いていなかったし、死人のように冷たい肌をしていた。他の男たちだって音もなく突然姿を現した。まるでワープしてきたみたいに。不可思議な現象を目の当たりにすると信じざるを得なかった。
 けれど敬虔な神父である父の友人から紹介先がヴァンパイア屋敷? それは到底受け入れ難い。何かの間違いではないか。しかしリーダー格の一人に確かに自分を預かるよう託けられていると言われてしまった。居候先はここで間違いないのだ。
 困惑していると男たちは好き勝手に色々と決めてしまい、自分たちの中から一人選んで屋敷でともに過ごせと言い出した。
 



「なにしてるの」
 凛とした控えめな声が響く。コツコツと小さな足音と共に廊下の向こうから誰かがやってきた。
「……今の今まで寝ていたのですか? 相変わらずですね」
 レイジがそちらを見るのにつられて視線を向けた。
 そこにいたのは女性だった。
 長い睫毛に縁取られる血のように赤い瞳。光を受けてきらきらと煌めく金色の髪が、ゆったりと波打ちながら腰まで伸びている。真っ白な肌は陶器のように滑らかで。中性的な顔立ちはあまりにも美しく作り物めいていて、熟練の職人が魂を込めて作り上げた精巧な人形のようだった。
 けれど緩慢に繰り返される瞬きが彼女が確かに生きていると知らしめていて、そのギャップが妙な艶かしさを生んでいる。
「……っ」
 思わず息を飲む。目が離せない。何故だか胸が高鳴った。
 そこで彼女は硬直するユイに初めて気付いたらしく、姿を認めるとゆったりと首を傾げた。
「……誰?」
「あっ、あの、小森ユイっていいます」
 レイジが補足する。
「父上が彼女の父と古い友人だそうで。その父君が単身赴任で海外へ行くので彼女をこの屋敷で預かることになったそうです」
「ふうん……」
 彼女はユイを一瞥すると直ぐに興味を失ったらしい。ふいと視線を外し踵を返すと玄関ホールの真ん中から二階へと続く階段を登り始めた。
 この屋敷に住んでいるなら彼女もヴァンパイアなのだろうか。浮世離れした容姿だから人間じゃないとしても違和感はなかった。
 金糸が揺れる後ろ姿にぼうっと見惚れていると肩に腕を回される。話を中断されて痺れを切らしたアヤトだった。
「で、誰にすんだよ」
「当然ボクに決まってるよね?」
「僕を選ぶ以外有り得ません……ね、テディ」
 反対側からライト、正面からカナトまでもが顔を寄せてくる。
「じゃあ……」
 迫る三人から若干身を引く。突然誰かを選べと言われても困る。状況を整理する時間が欲しい。けれど彼らは待ってはくれない。
 困り果てて全員の顔を見回し、ふと去りゆく女に目をやる。そうだ、この屋敷に住む者から選べば良いのだから、彼女でも良いのだ。
 すると三人は信じられないといった顔で喚く。
「ふざけんなよテメェ! ナマエなんか選びやがって!」
「そうだよ、ビッチちゃん。キミみたいな純粋そうな子が女の子同士でイケナイことするっていうのもすっごく唆られるけどさ。ボクを選んでくれたらナマエとも遊ばせてあげるよ? そうしなよ〜」
「テディ、聞いた……? この子何にも分かってないよ……馬鹿にもほどがあると思わない……?」
「……」
 全員ヴァンパイアだというのなら男より同性の方がマシに決まっている。スバルは離れたところで面白くなさそうに舌打ちしているし、シュウはどうでも良さそうに欠伸をした。彼らと彼女を比べると彼女の方が遥かに無害そうに思える。
 レイジが眉間に指を押し当てて溜息をつく。それからパンパンと両手を叩くと、尚も不満を漏らす三人の注意を引きつけて黙らせた。
「はいはい、その辺にしておいて下さい。選ばせた以上貴方達が喚いたところで変わりません。ひとまず彼女の処遇はナマエに任せます。――ナマエ! 止まりなさい」
 二階の廊下の影に姿を消しかけていたナマエが呼びかけに応じて立ち止まった。
「なに」
「彼女の管理をしてください」
「……どうして?」
「彼女が貴女を選びました」
「…………」
 赤い双眸がユイを捉える。無感情な瞳からは何を汲み取ることも出来ない。張り詰めた空気がぴりぴりと肌を刺す。緊張で呼吸も忘れて彼女を見返した。
 やがて返事もせずにそのまま行ってしまった。大丈夫なのだろうか。レイジも呆れた顔をしている。
 と、それまでナマエを睨みつけていたアヤトが閃いたように悪い顔をして笑った。
「ってかよ、どうせアイツは吸血なんかしねぇだろ。ならオレが吸っても良いよな?」
「アヤトくん良いこと言うねぇ。ボクも混ぜてよ」
「アヤトとライトだけなんてずるいです。僕も彼女の血を吸います。……沢山痛くしてあげますからね」
「んふっ、ボク達三人に群がられて滅茶苦茶に吸血されるビッチちゃんを想像すると……はぁ、興奮してきちゃう」
「えっ……!?」
 ニヤニヤと笑う三人の唇から鋭いキバが覗いている。あれが突き刺されるのを想像して背筋が凍った。
「……あー、言い忘れてたけど殺すのはNGな」
 思い出したようにシュウが言った。真っ先にアヤトが反応する。
「はあ? 何でだよ」
「知らね。オヤジがそう言ってただけだ。『客人は丁重にもてなせ』と」
「チッ」
「なぁ〜んだ、面白くないの」
「……ムカつきます」
 残念そうな顔をする三人にゾッとする。自分は吸血されるどころか下手をしたら殺されるところだったのか。同時にのんびりした顔のシュウに腹が立ってくる。
「そっ、そういうことは早く言ってください!」
「面倒だった」
「面倒って……!」
 事も無げに言い放ちふわあと欠伸をする彼にそれ以上の拘泥は無駄だと悟る。何より殺す殺さないをあまりにも気軽に相談する彼らが恐ろしくて何も言えなかった。
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