「君の髪」
 と、彼女が口を開いた。少し、薄めに形作られた唇に隙間が空いて言葉が綴られる。それは音が出た後泡のようにすぐに消えていった。
 ナマエの赤い瞳にゆらゆらと人の姿が浮かんでいた。虚ろなその瞳のまま絡め合うお互いの身体が近づいて、肩ごしに眼を閉じた。映っていたルキの存在は冷たい皮膚で感じ取られた。彼女は再び唇を動かす。
「やわらかいね」
「また、そうやって触るのか」
「だってやわらかくて、気持ちいいから」
 ナマエは彼の首に腕を巻き付けていた。そうして片方の掌でルキの後れ毛に指を滑り込ませた。指と指の間とその付け根に、彼の黒と白が入り交じった髪が捉えられる。こんなにやわらかい髪の毛だったかな、と思いながらその指は力なく抜け落ちそうになった。首筋を辿ってまた滑らせる。
 ルキはそんな彼女の腕を捉え、巻き付けられていたそれを下ろさせた。そうしてベッドシーツに置き去りにされるのを感じて彼を見やると、ルキはナマエの下半身へとゆるゆると下がっていて臍の辺りに口づけをされた。くすぐったいようなこそばゆいようなその感覚は何度も経験しているのに身を捩らせてしまう。今日もそこに何度も口づけをされ、その度に湧き上がる小さな熱を彼は見逃してはくれなかった。続けざま脇腹と、丘が見えるゆるやかな腹へ唇を寄せられた。少し、渇いていた。
 その僅かな熱にナマエは思わずルキの首筋に手を添えた。変わらないその少し癖のある黒が指の間で散らばる。
「……なんだ」
 下腹部に響く、声。全身に膜が張り付くようなルキの声はナマエの指先にも届いた。
 ルキが途端彼女の内腿に顔を近づけた。息が漏れてそれが身体の中を粟立たせる。先程の情事の始まりを思い出した。
「…………っ……、」
 ナマエの間に滑り込んでいるルキは口づけを止めない。そうしてちらちらと舌で彼女の太腿を舐めてみる。その衝動にナマエは膝頭を震わせた。踵がシーツから浮いて掠れながら埋もれていく。ルキの銀の糸が乱雑に交じるが、ナマエの掌がそこを泳いでいるばかりだ。
「おい、離せ」
 言葉をかけるがナマエの返事はない。静かな呼吸音が降り掛かるだけだ。どうやら先程の閨事がナマエの肌に蘇ってきたのだろう。
 ルキは口の端に弧を描いた。
「……まあ、いいさ」
 いつもは振り払う彼女の細い腕は、そのまま焦れるように行き場を無くした。



 とめどなく繰り返された。指の動き。感じる度に奥のざわめきとそこから広がっていく痺れのような感覚がまだ慣れないでいる。何度目を瞑っただろう。目を閉じたときにいつも浮かんでいた照れと羨望が混じったあの微笑みはもう見えなかった。ただただ自分の五感がルキによって翻弄されているようでならなくて、でももうそれでもいいと思って身体を預けた。
 ルキはナマエの下腹部に位置する果実の実を貪り始めていた。いや、丁寧に皮を剥くかのようにゆっくり解した。普段の彼からは想像し得ないその動きに自分が敏感になっているかと思うと、歯を食い縛るほか術はなかった。
 太腿への舌の蠢きは相も変わらずで、ルキは果実を掴み取った。果実が熟れ始めているようで、ほんのりと湿っている。黒いドレスから見えるその果実が隠れて、そこを暴いてしまいたくなる衝動に駆られた。
 ルキはゆっくりと彼女の潤い始めた部分に中指を這わせてみた。その拍子にするりと太腿からドレスの裾が落ちて肌が露わになる。彼女が揺れていた。
「……ぁ……っ……」
 その刺激に思わずナマエは声を漏らしそうになった。割れ目には蜜が溜まり始めている。それを確認したルキの指が果実の実へと侵入した。そのまま上下に動かして繰り返し慣らしていると、奥に留まっていた密が遠慮がちに溢れてきた。ルキはまたそれを掬って密やかに掻き回してみる。随分と、温かかった。
 その蜜を彼女の秘部に広げてみれば、その擦れによってナマエは喉を再び鳴らす。仰け反ったその首筋を見下ろした。陽に当たることがない、白い肌だ。
 もう充分に潤っている秘部を認識すると、ルキは溜まっていた自身の熱を彼女の中へと進めた。塊が途端に包み込まれていく。ベッドに膝と手の平を付いて奥へと押し込め、ルキは律動を始めた。
 何度か彼女を揺さぶると、二人が繋がっている処から水音が湧き出てくる。ナマエはその振動に我慢をしているようなのか顔を逸らしていた。形の良い顎から唇にかけての線がルキの振り下ろしている影で朧げになっている。ナマエはそのまま顔を傾けていて、その先には暗い空が広がっているだけだった。
 すると、直ぐにルキに身体を起こされた。また後ろに向けというのだろう。ナマエはそんなことを思っていると、やはりルキがそのように制し腰を引き寄せられた。シーツを掠める膝が衣擦れを起こして彼が自分の中へ再び入ってくるのをナマエは待った。
 そうしてルキは彼女の腰を高めに上げた。秘所を探して熱を食い込ませるといとも簡単にナマエと繋がった。その動作に彼女は腰を浮かせる。奥へと進められ、刺激と快楽が同時に襲ってきたのだ。逃げるようなその仕草にルキは冷たい光を灯らせる。彼女の腰を掴むと、その皮膚が指の数と同じだけ圧している。もう逃げられないとばかりに背中が前のめりにシーツに沈んだ。
「……っ……ぁ、っ……」
 声が漏れるのを防ぐことができない。どれだけ抗おうとも、ルキによって与えられるその身体の響きで持って暴かれるのはもう否定できないのだ。
 花弁(はなびら)のようにナマエの髪の毛が散っている。その金糸の絨毯がシーツの皺に沿うように佇んでいた。ルキはただただ彼女の後ろ姿を見下ろした。自分と彼女が律動に揺らめく度にその金が煌めいているようにも思った。再びその動きを強める。
 幾度か彼女の腰を打ち付けると、自身の昂りを感じてすぐ彼女から引き抜いた。拍子でナマエは腰を崩したが、上半身に手を滑り込ませまた後ろ向きの姿勢にすると彼女へと侵入した。ナマエがその熱を感じ取って仰け反っている。
 ルキに腰を揺さぶられその反動に耐えきれないのか、ナマエはシーツを握り締めた。指先が切なげに泳いで揺らめいている。彼が与える熱と自分の身体の奥の憂いが混じり合って、どんどん景色が変わるのを感じた。五感が澄んで追われているような感覚だ。
 ナマエは頭(こうべ)を垂れて再び腰を上げる。
 手繰り寄せるようなあの細い腕が広がっていた。
 ルキはその姿を見て思う。まるで、それは雌の動物が抗っている姿だったのだと。
 こんな、女だったかと思った。いつも静かに気怠そうに佇んでいる彼女の後ろ姿が目に灼き着いている。こうして彼女を穢している行為に、ルキは優越感を燻らせた。そして、彼女を落とした背徳感をも。
 ナマエは自分に訪れる快楽に抗っていた。しかしそれができずに翻弄されていく。抗った分だけ、自分の感性が研ぎ澄まされてしまう。そうして果実が少しずつ、確実に食されて後は弾けるしかない。
「……っ……ん……っ!」
 彼女が強くシーツを握り締める。それと同時に脚が痙攣したように引き伸ばされ、空に割けるような衣擦れと彼女の詰まらせた喉の詰まりが舞った。どうやら高みに昇ってしまったらしい。
 ルキがその激動に動きを止めると、彼女が途切れ途切れに息をついているのが下方から伝わってきた。肌が汗ばんでいる。
 夜の帷がくすんでいた。まだ明け方には遠いが、色を混じえて窓の格子に沿って流れ落ちてきた。
 彼女は肩を上下させていたが、少し時間が経つと呼吸が穏やかなものに近くなってきていた。虚ろにシーツを自分の元へ寄せている。眠気が襲ってきているのだろう。瞼から赤が覗き込んで、先程見た赤とは違う焦点の合わない瞳をしていた。
 ルキはそれを遮るかのように仰向けに眼を閉じる彼女の脚を捕らえた。ナマエは少し見開いた。籠っていた熱だろうか、ルキの指先から伝ってくる。
「少し、……待って」
「駄目だ」
 きっと、またこの続きをするのだろう。疼きが消えない自分の下腹部の奥をこれ以上ルキに晒すことに戸惑いを感じる。けれど、身体の怠さから何もできずに彼に片脚を寄せられた。ルキが両脚の間に入り込んで、顔辺りの位置まで引き上げられる。ナマエはそのままゆっくりと瞳を閉じた。
 再びルキと繋がる感覚がやけに敏感になっている。瞳を閉じ視覚を遮っているせいで過敏になっているのだろう、これ以上理性から離れるわけにはいかなかった。彼女は重い瞼を持ち上げた。
 そうして見る先には変わらずひややかな表情をしたルキがいた。しかし息が少し上がっているようで、その唇からは呼吸音が僅かにナマエの耳へ届く。緩やかに響く下腹部の侵入。ルキが擦り付けてきた熱を包みながら律動を続けられた。じわじわと果実を侵食されてナマエは眉を潜めた。先程より奥に突き立てられるゆっくりとした刺激と擦れが脳内を侵されるようだ。そうしてルキに上げられている片脚の内腿に口づけをされた。
 幾分か時間が過って、やんわりとルキが離れた。脚を降ろされ、そうして両脚の間に彼が滑り込んだままで彼の指で先程弾けた秘部に触れられる。
「……っ……!」
 潤ったそれにルキの指で押し付ければ、今度は直ぐさまに果実の種を摘み取られた。高みに達してしまいそうな予兆へ引き上げられる。それを感じ取って抗う自分と抗えない自分の波が寄せては引いた。この行き場所をどうしたらいいのだろう。しかしそれを思う暇(いとま)もなくルキが少しずつ侵していった。
 ルキはそんな抵抗をしているナマエを見て、上半身を移動させ首筋に口づけを落とした。喉を詰まらせている彼女の肌はいつも唇を寄せるときよりも弾力があって、押し付けるように紅をつけた。鈍い痛み。そうしてその上の皮膚がぷつりと割けた。ルキが吸血してきたのだ。
「……、ぁ……っ」
 突然に攫われた。ナマエの声は呼吸と共に消えていく。しかしそれが甘いものに変わっていたのか、指先で弄っている果実に蜜が滲んでいた。ルキは片方の口の端だけを上げた。下から上へ押し上げられ、時に掻き回される種はもう限界に近くなって、耐えられずナマエは高みに昇った。
 ルキの瞳には僅かな碧が含んで彼女を捉えた。ナマエは目を細めて息を上がらせている。
 そうして、ベッドの枕に背を預けている彼女の秘所をまた晒した。ナマエはもう抵抗できないでいるのか、身体の疼きを震わせたまま、ルキを受け入れた。随分と湿っていて、すぐに彼と身体を重ねたのが解る。もう何度目になるのだろう。ただ、それでも受け入れている自分がいて思わず腰を浮かせた。ルキは果実の入り口に自身を擦り付けて高みを導いた。
 再びナマエはルキの首へしがみついた。肩ごしにはやはり冷たい皮膚が通りすぎて、指の間で彼の黒と白を確認した。やわらかかった。
 後れ毛だけがほんのり湿っていて、後は景色が白くなっていく感覚しか残っていない。
 そうして律動が早まったかと思うと、繋がっていた果実の奥に微かな振動が届く。ルキは膝で身体を支えた。ナマエの両脚が抱えられたようになり、行く先がないようで空を泳ぐ。立て続けに振動で苛まれて、ルキが息を詰まらせて吐いた。達した証が生温くナマエの奥に滴った。

 ルキは緩くその腰を動かした。ナマエも喉を鳴らしており、ふと先程の彼女の声を思い出す。今まで聞いたことのなかったそれらはまるで金糸雀のようで、彼女を留めて置いている自分に嘲笑った。籠の中の、鳥。彼女は自由ではない鳥だったのだ。
 そういえば、その鳥の名前のような金糸が肩から背中にかけて乱れている。
 二人とも体勢を変えずそのまま佇んでおり、ルキはナマエの金を掬った。夜風に流れてこみ上げている。そうして彼女の頬に触れた。睫毛が涙で反射して光っている。
 目を細め、その陶器の首筋にルキは顔を埋もれさせた。
 少し、唇と吐息を寄せると彼女が身を捩った。
 彼女の赤の瞳には自分が映っていたのだ。その先に見えるものが分からない。
 ルキの指から金糸がつたって落ちていった。





(20150117)
(20150119加筆修正)
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