衣擦れの音がやけに鼓膜に張り付く。それに重ねたように降りかかる息に熱が籠っているのが肌にも伝わる。ひんやりとしている筈なのに、皮膚がざわめいて上気しているようだ。ナマエは目を逸らした。このまま視線を辿ってしまえば、今自分に襲いかかっている熱情が漏れていきそうだったからだ。それだけは嫌だった。
 今はもう、交わしていた言葉が薄暗いこの部屋に消えていって、変わらず鼓膜へ響く掠れた音だけが膨らんだ。

 ルキは真上からナマエを見下ろすような形で彼女と手足を絡めていた。指先がすり抜けて自分の首筋に触れてくる。そうしてその手を振り払った。そんなことを何度繰り返しただろう。そのまま手首を捉えれば、彼女の頭上辺りで繋ぎ止めた。
 口づけをした吐息の変化が如実に現れたのは言うまでもない。ルキの中指に蜜が僅かに滴る。控えめなそれを掬って指の腹で擦りつければ、真下にいる彼女がさらに声をくぐもらせた。詰まった喉の呼吸の端に、今まで聞いたことがない息遣いが垣間見えた。ルキはそれを耳にしたが鉄黒の瞳に一点の光も灯すことは無い様子だった。
 腰の奥に生まれる果実の蜜をナマエは感じ取る他なかった。ルキが触れてきて濡れることなど思い出してもないように思う。なのに今ではこうして少しずつ水分を多く含んで実を大きくさせようと、自分の思考とは反対に身体が反応していく。
 声だけは。
 声だけはルキに聞かれたくなかった。途切れ途切れに吐く息を手の甲に隠すように伏せた。
「……っ……」
 そのまま手の甲の皮膚に苦悩めいた顔が見えないように覆う。ルキは変わらず下腹部の果実を弄っていた。瞳の色とは相反した指先の柔らかさ。ゆるゆるとした蜜を掬っては擦りつけ掬っては擦りつけ、繰り返されて愛撫された。水っぽいそれが徐々に艶かしい感触に変わってきたことが腰から背中にかけて伝わってきた。
 ルキはそうした動きを止めることないまま背中を屈めた。お腹の辺りに唇を寄せられ、そのまま口づけの所作が続く。その鈍い色をした粘膜がナマエの肌に鳥肌を波立てた。
「……っふ…ぅ、」
 思わず喉を鳴らしたが、その拍子に膝を掴まれ立たされた。仄かに色づいたその果実が露わになり、足裏に残るシーツの掠れがまた部屋に流れた。そうしてルキが自身を充てがってくる。
 果実の憂いに滑り込むようにルキは奥へと進んだ。ナマエの蜜が絡んで、ただただその奥だけを求めた。
 どうしてその禁断の果実に手を伸ばしたのかはもう思い出してもしようがないことだが、もう何度目かの弾け飛んだ感覚はまるで、美味なる血を飲み干しているような錯覚にさえ襲われる。
 ゆらゆらしている腰を強く掴んでルキは律動を始めた。滑らかなナマエの脚が僅かに空に浮いて彷徨った。


 ただただ皮膚が打ち付け合うような響きがシーツに埋もれていく。まだ存分には潤っていないその果物から粘着質な音が届くのはもう少し後だとも思うが、ルキはまたナマエの腰を強く引き寄せて自分の熱へ集中させた。その繋がっている部分だけが何故だか熱を持っていた。
 何度か互いの腰が揺らめきながら行き来した後に、ルキは自身を引き抜いた。「おい」とだけ零してナマエの曲線を描く下肢を掴み、後ろ向きの格好にさせた。
 普段彼女がそのような姿勢になるのを見ることは皆無に等しい。肩からはらはらと滑り落ちてゆく金糸がルキの瞳を過った。少し乱れており、あとで梳いてやろうとどことなく冷静に見つめる。
 彼女は何も言うこともなく、その背中をルキに向けたままでいた。華奢な背中だった。肩甲骨が綺麗な造作で持って彼女のそれに浮かび上がっていた。少し湿った彼女のふくらはぎに一度掌を当ててから、ルキは後ろから再び彼女の果実に指を伸ばした。
 まるで桃のように柔らかく十分に水分を含んでいた。滴る蜜はルキの指先を一層濡らし、ルキはその近くにある種をひと撫でしてみる。ナマエは予想していなかったのか一度此方を見て、また直ぐに顔を隠した。自分が思ったよりも情欲を飲み込んでしまいそうになったからだ。
「……、ぁ……っ…」
 張り裂けることもない。漏れた自分の声は閉鎖されたこの空間に吸い込まれていくだけだ。ただし、抉るように自分の中には残ってしまう。なんていう感覚なのだろう。
 間もなくルキの熱の固まりが自分に侵入したのを認識して、もう存分に受け入れられる自分の下半身に驚くしかなかった。こうして色味を変えて酸化していくのかもしれないともう見えない彼の双眼を頭に浮かべながら思った。

 ルキはその衝動でシーツを手繰り寄せるナマエを引き寄せた。
 空に風が吹き込んでいく。部屋に隙間風が入り込んで、それを埋めるかのようにルキはナマエの背中に唇を落とした。汗ばんだ、けれど冷ややかで陶器のように滑らかな肌だった。





(20150113)
(20150121加筆修正)
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