※ルキが普通に気持ち悪い




 ナマエの生殺与奪はルキが握っていた。それは彼女が彼の所有物であるからで、彼はそれを当然のことと思っていたし、彼女もまた同じだった。自分の役割を正しく理解している彼女にとって死とは、彼が彼女に飽きた時、もしくは彼が彼女より先に死にそうな時、彼の手によって与えられるものだった。
 ルキの眼下にはナマエの身体が横たわっている。呼吸はなく、白くきめ細やかな肌は最早青白い。頬に触れてみると氷のように冷たかった。
 ルキはまだナマエを必要としていた。彼の主に対する負の感情は留まる所を知らない。それに時が経つにつれナマエという存在そのものへの執着心が膨れ上がっていた。少なくとも当分の間彼女を手放すつもりなんてなかった。
 脳裏に敬愛し同時に憎んでさえいる主の言葉が過る。
『イブの記憶が戻りかけている。今更計画を潰される訳にはいかない。ナマエを処分することにした』
 実の娘を殺すというあまりに冷徹な判断をあの男は表情一つ変えず告げた。勿論あの男が自分の娘に愛情の欠片も抱いていないことは常々感じていたが、それにしても。
 いや、そんなことよりもナマエを必要としているルキは突然の宣告に困惑した。まだ彼女を殺される訳にはいかなかったのだ。しかし主をこの世の何よりも恐れている彼はその決定に物申すことも出来ずすごすごと屋敷に戻ってきた。
 胸騒ぎがしてナマエの部屋を訪れたら彼女は部屋で冷たくなっていた。
 いつも寝ているのと全く変わらない見た目だった。肩を掴んで起きろと言えば、鬱陶しそうに唸って赤い瞳を擦りながら身体を起こすに違いない。そう思って実行してみたが彼女はぴくりとも反応しなかった。
 死んでいる。
 カールハインツに殺されたのだ。
 それが分かってもルキは悲しくなかった。ただ幼い頃大切な玩具が壊れた時に感じた虚しさだけが胸に広がった。そして核を握り潰されるような痛みを覚えた。けれどどうして痛いのかは彼には分からないし、理由を探すつもりもなかった。
 冷たい両頬を両手で包み込む。寝顔は安らかだった。本当に眠っているだけにしか見えない。けれどルキより遥かに冷たい体温が彼女の死は事実なのだと突きつけてくる。
 徐に顔を近づけて唇を合わせた。死後間もないからか青紫の唇は柔らかい。何度も角度を変えながら唇を食み、薄く開いた隙間に舌を捻じ込んでみた。彼女の舌が見つからない。筋肉が弛緩して喉の奥に垂れているのだろうか。普段から口付けても何の反応も示さない淡白な女だったが今は無性にそれが気になった。
 今度は首に唇を落とす。過去に何度も蹂躙した肌を舐め上げ、キバを突き刺す。口の中に慣れ親しんだ血の味が広がるが、鮮度が落ちていて氷のように冷たいため、元から美味しいと感じたことのない血を初めてはっきり不味いと思った。
「酷い味だな」
 独りごちても部屋は静寂に満ちていた。赤い瞳が冷たく彼を一瞥することも、「なら吸うのやめれば」などという減らず口を叩くことも、何一つ反応がない。
 唐突に怒りが湧いてきた。腹の底でどす黒い炎が燃え始める。
「俺の所有物の分際でどうして他の男に殺されているんだ?」
 自分の許可なく死んだ彼女に殺意さえ覚えた。
 当然彼の問いに返事はなく、ますます苛立ちを募らせた彼は乱暴に彼女の服を破った。首筋からお臍まで真っ白な肌が露わになる。見慣れた身体に衝動のままキバを穿っていく。真っ白な肌はあっという間に赤い穴だらけになり、それが彼の支配欲を少しだけ満たした。
 死と同時に回復機能を失った肉体は血を止める術がなく、彼の吸血痕から止めどなく血が流れ落ちていき、青白い肌は一層青くなっていった。
「お前は最後の最後まで俺を苛立たせるんだな」
 平時と至って変わらない表情をしているが、彼の頭の中では大事な何かが崩壊寸前だった。独り言をこぼすことでなんとかそれを留めているような状態だ。
 ナマエの下着をずり下ろして乾いた膣に性器を捩じ込むと、淡々と腰を打ち付け始めた。筋肉は弛緩していて締まりは悪いし一向に潤う気配がない内壁は快感を与えるどころか摩擦で痛みを感じた。それでも彼は腰を振り続け、やがて奥の方に射精した。
 無表情だが僅かに乱れた呼吸を肩で息をして整えながら、彼は死体の腰を抱いて首筋に顔を埋めた。かつては細い指が彼の頭を触って彼が鬱陶しそうに振り払うなんてことも何度もあったのに、今は何も反応がない。
「どうして」
 微かに漏れたのは唸るような低い囁きだった。
「どうして、俺を置いていくんだ」
 置いていかれるのは二度目だった。
 感情を押し殺した呻きを漏らす彼の表情を誰も知らない。




 他の男の手にかかったナマエへの怒りとカールハインツへの憎悪を塗り込むように彼女を幾度となく蹂躙し、身体の外側も内側も気が済むまで穢した後、赤い瞳をくり抜いてホルマリン漬けにし、あとは火葬した。灰は瓶に詰めて赤眼と共に彼の部屋にしまわれている。彼女の死後くらい自分に独占させて欲しいという気持ちの表れだった。
 カールハインツへの恨みを昇華する術を失い、また募らせた彼女への執着心のはけ口が無くなり、彼の精神はあっという間に崩壊した。彼は久しぶりにこの世界に絶望した。
 けれど彼はナマエの後を追って死ぬなどということは決してしなかった。それは彼の抱く彼女への執着心が愛ではなかったからだ。大切な玩具を喪ったから自殺する馬鹿は中々居ないし、ルキは馬鹿ではなかった。
 それでも喪失感は彼の心を蝕み、彼は改めて自分にとっていかにナマエが重要な存在であったか自覚せずにはいられなかった。
 彼は壊れたまま錆び付いた螺子を無理やり動かし今日も生きている。


(ひとつの終わりのかたち)



20150102
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