「ルキ」
「ん?」
「妊娠したみたい」



 朝のダイニングでスープにスプーンを突っ込んでいたナマエが、「今日スーパーに買い物行こうよ」みたいな何気ない気軽さで出し抜けにそんなことを言った。おれは勿論、ユーマくんもアズサくんも食事の手を止めて驚きのあまり目を見開き、問題発言をかましたナマエを凝視する。おれなんてびっくりしすぎて顎が外れそうだ。なのにナマエは平然とルキくんの方だけを見ているし、ルキくんも「そうか」なんて興味無さげな素っ気ない返事を一つ返しただけだった。
 ナマエが妊娠したという事実そのものもびっくりだけど、子供が出来ちゃったということはつまり二人はえっちなことをしてた訳で、しかも避妊もしてなかった訳で、確かに仲が悪いふりして本当は仲良いんじゃないのとは思ってたけど、いつの間にそんなことになってたのかおれにはさっぱり分からなかった。二人ともそういうことに興味なさそうなストイックな性格してるのに一体何がどうなってそうなったんだろう。
 混乱して静観しか出来ないおれたちを気にもとめず、当事者たちは淡々とした口調で話を続けていく。
「それで、病院に行きたいんだけど」
「ああ、そうだな、俺も付き添おう。出来るだけ早い内に行ったほうがいい。朝食を済ませたらすぐに準備しろ」
「分かった」
「基礎体温は記録しているか?」
「してないけど。何でそんなもの要るの? 人間界の病院じゃ必要なのは治療費と男性のサインだけでしょ」
「? お前は何を言ってるんだ」
「君こそ何言ってるの」
「……」
「……」
「……いや。お前、まさか堕ろす気なのか?」
「むしろ君が産ませようとしてることにびっくりしたんだけど」
「何故堕ろす必要がある」
「どうして産む必要があるの?」
「ちょ、ちょーっとストーップ! おれお話についていけないんだけど」
「五月蝿いぞ、口を挟むな」
「ええ……ひどい……」
 段々眉を寄せて首を傾げる二人の会話に意を決して割り込んだというのに、ルキくんは本当に五月蝿そうにおれのことを睨んでまた話を戻してしまった。
「妊娠初期とは言え堕胎は母体にも負担がかかる。子宮に傷がついて、最悪二度と妊娠出来ない身体になるかもしれない。人間の医学ではそう言われている。吸血鬼の女がどうかまでは、魔界の医師に訊いてみないと分からないが。お前はそれでいいのか」
「それでいいのかって言われても、妊娠するとしたら君の子供しかいないじゃない。決めるのは私じゃなくて君でしょ」
「だったら産めば良い。折角芽生えた命を育てる環境があるにもかかわらず摘み取る理由はない」
「……まあ、君がそう言うなら、好きにしたらいいと思うよ」
「ああ。すぐ魔界の医師を探させよう」
 それからルキくんは黙々と朝食を平らげ、誰よりも早く席を立った。
「ね、ねえナマエ、急な展開過ぎておれついていけないんだけど」
「何が」
「いや何がじゃなくて」
「ナマエさん……ルキの子供、出来たの?」
「そうらしいね」
「わあ……おめでとう……家族が増えるね……」
「いやいや待てアズサ、テメエ何納得してんだ、良いのかそれで! いや、良くねえよ……何がどうなってやがる」
 困惑した様子でユーマくんが頭を抱えた。何なんだろう、この何とも言えない気分。ルキくんとナマエがそういうことをしているのが想像つかないせいかな。
 けれど時間が経過するにつれておれの中の困惑は薄れ、徐々に好奇心が生まれてきた。一体いつからとか、どんなことをしているのかとか。想像がつかない、そんな気配を悟らせなかった二人だからこそ、知りたいと思ってしまう。おれがそんな下世話な質問をぶつけようと口を開き、けれど声を出す前に、ナマエがどこか遠くを見てぽつりと呟いた。
「子供産ませてどうするつもりなんだろうね、彼は」


   ◇


 病院で妊娠が確定した帰り道、やたら私の身体を気遣ってくるルキが心底気持ち悪かった。
「で」
「なんだ」
「子供を産ませて、どうするつもりなの」
「質問の意図が分からない」
「君が当たり前のように子供を産む方向で話をしていたのが、私には理解出来ないんだけど。君、自分の子孫が欲しいとか思う人だったの?」
「特にそんな願望はないが」
「じゃあなんで」
「朝も言っただろう? 堕胎は母体にも悪影響が出る」
「どうして君が私の身体を気遣う必要があるの。それ、建前なんでしょ? 本心を聞きたいんだけど」
 疑問だった。自分の好きなように私のことを扱ってきた彼が、堕胎は母体にも悪影響がとか、子宮に傷がついて二度と妊娠出来なくなるかもしれないだとか、私の身体や将来を気遣う発言をするはずがない。妊娠出来なくなったとしても、私は死ぬまで彼のもとに居るのだから問題は無いのだ。案の定図星だったようで、彼の口角が軽くつりあがった。
「まあ、そうだな。あれはお前の言う通り建前だ。とはいえ、本当の理由と言われても大したものじゃない。カールハインツ様の遺伝子と自分の遺伝子が混ざったらどうなるのか見てみたかっただけだ」
「ああ、なるほどね」
 ようやく納得出来た。母体がどうのと言う話より、父さんが理由にある方がよほど彼らしいと思った。
 服越しに下腹部を撫でる。膨らみのないこの腹の中に別の命がいるのだと言われても実感がわかなかった。自分はそういうものと縁遠いと思っていたし、それは今でも変わらない。相手が隣にいるこの男というのも不思議な気分を助長させる。
 何にせよ彼が産めと言うのだから産む他ない。



20150204


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