自分がしたことながら、酷い有り様だった。全身に刻んだ無数の噛み痕からは今尚血液が染み出していて、彼女とシーツを真っ赤に染め上げていた。当人は血が出るほど唇を噛み締めて必死に声を殺している。よほど自分の嬌声を聞かれるのが嫌らしい。
 顎を掴んで目を合わせる。あの方によく似た赤い瞳には情欲の炎が灯っていて、吸血の快感にどっぷり溺れていた。それでも、まだ理性が残っているらしい。どろどろに溶け切った熱の中に普段の冷徹な理性が垣間見えるのだ。
 彼女は人間と吸血鬼の混血であり、紛い物の吸血鬼とも言える存在だが、本質は限りなく吸血鬼の王――カールハインツ様に近い。恐らく、他の逆巻兄弟の誰よりも。彼女の醸し出す神秘的な雰囲気は、快楽などという低俗な感覚には溺れないとでも言いたげで、凡人の持つ感覚の一切を否定していた。それが腹立たしかった。こいつは俺と同じ『紛い物の吸血鬼』のくせに、まるで俺の上に立っているかのような態度なのだ。
 だから、俺と同じところまで引き摺り下ろしてやろうと思った、のだが。

「六日間薬漬けにしても理性を保てるとは、恐れ入る。降参だ、俺の負けだよ」

 焦点の合っていない瞳がぼんやりと俺の姿をうつしている。この様子だと俺の言葉は耳に届いていないだろう。こんな状態でもまだ理性を保っているのだから、彼女の精神力の凄まじさがうかがえるというものだ。
 まあ、聞こえていないのなら好都合だ。
 さて、ポケットの中には彼女に服用させた物とは別の薬が入った小瓶がある。これは今彼女を苦しめている熱を、二十四時間待つことなく緩和・解消するものだ。平たく言えば解毒剤だな。彼女がもっと早く快楽に溺れ、俺と同じところまで堕ちてきたら、気分次第ではこの解毒剤で解放してやっても良かった。元よりこの女と一線を越えるつもりなんてなかった。
 ――が、彼女は六日も薬に耐え切り、あまつさえ全身吸血されても未だに理性を保っているらしい。それは、彼女はまだ壊れ足りないということになるだろう? だったら、俺はその先をしてやらないといけないよな?
 ポケットから解毒剤の小瓶を取り出して栓を抜いた。彼女が虚ろな目でこちらを見上げている。また薬を飲まされると思ったのか、もしくは何も考えていないのか。まあそんなことはどうでも良かった。

「お前がもう少し意志の弱い、可愛げのある女だったら、こんな目に遭うこともなかったのにな」

 誰ともなしに呟いてから、無数の吸血痕と、そこから溢れ出した血液のせいで見るも無惨になった薄い腹を見下ろした。その上に栓を抜いた小瓶を傾ける。無色透明な液体はぽとぽとと腹の上に零れ落ち、そこに溜まっていた血液を押し流して、横腹からシーツに垂れていった。中身を全て出し切り空になった小瓶を横合いに投げ捨てる。

「さあ、これでお前の『希望』はなくなったぞ」

 恐らく、彼女を完全に陥落することは不可能だろう。確信に近い予感があった。だが、完全に堕とすことは出来ないのなら、どこまで壊せるのか試すだけだ。これから起きることを想像すれば不思議なまでに気分が高揚した。
 力なく投げ出されていた彼女の右手首を掴む。指先や手の平にもキバの痕は刻まれていた。赤黒い斑を散らばらせた白い肌に舌を這わせて、滲み出す血液を舐め取った。もうキバを穿つ場所はないし、その必要もない。


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