初めてあの子を見たとき、ピンと来た。「ああ、この子は俺と同じだ」って。



 ユイさんに、逆巻ナマエさんは図書室か屋上に居ることが多いって教えて貰ったから、授業をサボって、まずは図書室に来てみた。こんなことをしているってルキにバレたらきっと怒られてしまうけれど、それで痛いお仕置きをして貰えるなら願ったり叶ったりだ。
 果たして、ナマエさんは図書室にいた。授業中のため彼女と俺以外には誰もいないようで、本に囲まれた広い空間はしんと静まり返っている。彼女は等間隔に並べられたテーブルの最も奥に座っていて、カールハインツ様によく似た赤い瞳が分厚い本の文字を追いかけていた。
 何となく気配を殺し、足音を立てないようにして、彼女の席に近寄った。人間だったら間違いなく、迫る俺の存在に気がつかなかっただろうけれど、そこは流石ヴァンパイアというか、あと数メートルの距離という時に、本に向けられていた視線が持ち上がって、赤い瞳が真っ直ぐに俺を射抜いた。数秒間、観察するような鋭い視線を俺に寄越したかと思えば、途端に興味を失って、また本の文字を追いかけ始めた。
 あれ、おかしいな、俺の顔、覚えてないのかな。それとも、俺を傷付けようと思ってわざと無視したのかな。だとしたら、彼女はとっても良い人だ。
 ともあれ、俺は無視されるために来たわけじゃない。そのまま足を進め、彼女の隣の椅子を引いて、腰を下ろした。じっと横顔を見つめる。
 ルキが以前、カールハインツ様が唯一人間との間に作った子供がこの逆巻ナマエさんだと教えてくれた。ついでに、人間と吸血鬼の遺伝子がどうのこうのって説明していたけれど、要するに、彼女はとてもカールハインツ様に似ているということらしい。確かに、顔の造形や目の色、肌の白さなんかは、カールハインツ様にそっくりだ。現実離れした不思議な、神秘的とも言える空気を纏っているところもよく似ている。
 コウは「おれ以外に綺麗な奴がいるとかムカつく」ってすごく怒ってて、ユーマは「クソ貴族女が、カールハインツ様をパクりやがって」ってやっぱり怒ってた。ルキはナマエさんのことをどう思っているかよく分からないけれど、取り敢えず俺は、コウやユーマみたいに、彼女に対して嫌悪を抱いていなかった。
 ナマエさんはカールハインツ様によく似ているけれど、当然ながら同一人物ではないから、違うところも沢山あるみたいだ。例えば、髪の色や性別、性格なんかがそう。でも特に俺の目をひいたのが、赤い瞳の表情だった。
 カールハインツ様の赤い瞳は、世界の全てを見透かしているような澄んだ光を放ちながら、皮一枚隔てた向こう側に得体の知れないドロドロした物がとぐろを巻いているような、底知れない不気味さをも孕んでいる。一方で、ナマエさんの瞳は、暗く、何かに怯えるような、寂しげな光を放っていた。
 初めて彼女を見た瞬間、分かったんだ。ああ、彼女は俺と同じで、孤独に怯えているんだって。

「ナマエさん」

 じっと見つめていても、彼女は俺の存在なんて意識に入っていないかのように本を読み続けていたから、ついに声をかけてみた。奇妙な沈黙のあと、赤い瞳が再び俺を見る。にっこり笑ってみたけれど、ナマエさんは相変わらずの無表情だった。

「俺のこと、誰だか分かる?」
「……無神のところの」
「うん……無神アズサ、よろしくね」
「それで、私に何の用?」
「ふふ、ナマエさんと、お話したいなって」

 ナマエさんが怪訝そうな顔になる。

「残念ながら、私は君と話すことなんてないんだけど」
「え……ユイさんのこととか、興味、ないの? 今、どうしてるのか、とか……」
「別に」

 おかしいな、ユイさんとナマエさんは友達だって聞いていたんだけど。ユイさんを攫った時の彼女の態度や、今の表情を見る限り、本当に興味がないようだ。困ったなぁ。どうしよう、話、なくなっちゃった。首を傾げて話題を思案していると、ナマエさんはまた本に視線を戻してしまった。ユイさんのこと、は興味が無いようだし、俺の兄弟の話をしたって意味がない。逆巻さん達のことは、俺の方が興味ないし……。ああ、そうだ。

「俺ね……初めて君のことを見たときに、思ったんだ。ああ、俺と似てるって。ねえ、ナマエさん……君は、ひとりでいるのが、怖いんじゃない?」

 反応はない。

「俺は、ひとりでいるのが怖いから……ずっと一緒にいてくれる友達を作ったけど……君は、どうやって寂しい気持ちを紛らわせているの?」

 制服の上から腕を撫でる。包帯の下には俺の大好きで大切な友達が沢山いる。それを思うと、俺はひとりじゃないんだって安心感が広がって自然と頬が緩んだ。ナマエさんを見れば、不思議なことに、さっきから全く本のページが変わっていなかった。

「ルキが教えてくれたんだけどね……ナマエさん、小さい頃は、カールハインツ様のお城にある自室に、ずっと引きこもっていたって。……人間の血が混ざってるせいで、友達もいなくて、誰とも遊べなくて、ずっと寂しい想いをしていたんでしょう……?」

 ぴくり、本に添えられたナマエさんの指が震えた。ゆったりとした動作で視線が持ち上がり、先程よりも僅かに細められた赤い瞳が、また俺を見た。ちょっと、怒ってるのかな。俺はにっこり笑ってそれに応える。

「俺は君とすごく似てるんだ……。俺たち、元は人間だったんだ。だから、逆巻さんたちより、君のことが、よく分かるよ」

 言いながら、彼女の手から本を取り上げてテーブルに置いた。それから彼女の片手をとって、俺の両手で包み込む。ナマエさんは黙ってされるがままになっていたけれど、とても嫌そうに眉を寄せていた。
 真っ白で陶器みたいにすべすべな触り心地の良い手。手の甲にすりすりと頬を擦り寄せてから、人差し指をぱくりと咥えた。口の中で指先に舌を這わせて、キバでガリガリ皮膚を削ると、途端に不思議な味が広がった。

「何してるの、君」
「俺……ナマエさんと仲良くしたいな……」
「……話聞いてる?」
「うん、聞いてるよ。ねえナマエさん、俺と仲良くしたいよね……ね? だって俺とナマエさんは、似たもの同士だもんね……?」
「……。ごめんね、遠慮しておこうかな」
「え」

 どうして、そんなに酷いことを言うの?
 拒絶されるなんて思っていなかったから、びっくりして一瞬思考が停止してしまった。そんな俺をよそに、ナマエさんは空いている方の手でテーブルから本を取ると読書を再開する。また赤い瞳が俺から目を逸らした。……いやだな、ちゃんと、俺を見て、お話しようよ。
 彼女の視線を取り戻したくて、肉を抉り取るようにキバを更に突き刺した。ぶちっと、何か筋が切れる音と共に、肉は裂け、血が溢れ出す。真っ白な指は傷だらけで、俺の唾液と彼女の血液でぐちゃぐちゃになった。今度は中指をぱくりと咥えて、同じように傷だらけにしていく。ああ、沢山友達が出来たね。これなら、ナマエさんも寂しくないかな?

「いっぱい友達作ってあげるから、後で一緒に、名前、考えようね……?」

 にっこり笑って言えば、ナマエさんは無表情で俺を一瞥して、また読書を始めた。全然拒絶する様子がないから、さっき「俺と仲良くしたくない」って言ったのは、きっと照れたから素直に頷けなかったんだろうと思った。嬉しいな、ナマエさんが俺のことを受け入れてくれた。頬が緩むのを感じながら、この嬉しさを共有したくて、ちゃんとナマエさんに伝わるようにって願いながら、俺は更にキバで肉を抉った。
 ねえ、ナマエさん、これから沢山お話しようね。


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