ルキくんと長女がくっついたら?
シリーズ的にはバッドエンド扱いです。まだ書いていない先の方の話がありますが温くスルー推奨です。話の内容も酷い。





 意識が朦朧とするほど唇を貪られ、執拗過ぎる口付けに吐き気がした。身体を離せと言葉で言えない代わりに両手で彼の胸を押すが、両の手首を片手で拘束され逆に押し倒される。上にのしかかりながら尚も口付けを続けるこいつに本気で殺意が湧いてきた。唇を噛みちぎってやろうと思った途端、見透かしたように空いた手で首を締め上げられた。

「う、ぐぁ、っ」
「お前の苦痛に歪んだ顔、初めて見たな。普段の澄ました表情は殴ってやりたくなるほどに腹が立つが、その顔は中々悪くない」
「は、なせ……ッ」
「ああ、良いぞ。殺すつもりはないからな」

 呆気ないほど簡単に首を解放され、私は喉元を手で押さえて嗚咽混じりに咳き込んだ。酸素が上手く取り込めず、だらしなく開いた口の端から涎が零れる。こいつはそれをべろりと舐め上げた。
 何でこんなことになったのか。記憶を手繰り寄せる。最近吸血をしておらず、身体が上手く動かなかった。放課後、繁華街に買い物に行きたいというユイに付き合って徒歩で学校を出たら、後ろからいきなり殴られて、意識を失った。目が覚めたら此処にいた。見慣れない部屋には「無神ルキ」という男がいて、彼は黒い瞳に妙な光を灯して私を見下ろしていた。何のつもりだと問おうとしたら、突然肩を掴まれ、気が遠くなるほど長い間気持ち悪い口付けをされ、冒頭に至る。
 思い出してみても事実以外何一つ状況が掴めない。力尽くで逃げ出したいけれど、吸血を怠った身体は飢餓感のせいで力が入らない。結局私は、この男を振り払えないまま、言葉の質問をする他なかった。

「……何の、つもり」
「何が?」
「とぼけないで、全部だよ。何で私を殴って、此処に連れてきて、こんなことをしているのか、教えろって言ってるの」

 口元に不快な笑みを浮かべたかと思うと、この男は私の顔の横に肘をついて顔を近付けてきた。同時に奴の右足が私の両膝を割って、徐々に上に登ってくる。流石にこの状況で何をされそうなのか分からないほど私は世間知らずじゃない。世間知らずではないが、意図が分からなかった。

「私の記憶では、君たちは父さんの命令でユイに近付いた奴だと思うんだけど」
「そうだが」
「そんな君たちがユイを攫うなら分かるけど、何で私がこんな目に遭うのか理解が出来ない」

 奴はふ、と吐息を漏らすような笑みを浮かべた。

「俺たちの役目は終わった。何の因果かお前みたいな欠陥品がアダムとして覚醒してしまったからな。まあ、俺たちのような元は人間の吸血鬼と違って、お前は半分とはいえあのカールハインツ様の血を引いているんだから、俺たちがアダムになるより余程自然な成り行きだとは思うが」
「それがなに」
「だが、お前とイブではカールハインツ様の悲願は達せられない。残念なことにお前の性別では彼女と子供を作ることが出来ない」
「まあ、そうだね」
「それに、あの方から疎ましがられているお前がイブを手にすることを許される筈がない。だとすれば、カールハインツ様は次の手を打たれるだろう。イブをお前から取り上げ、息子である逆巻の連中と結ばせるようにと」
「……」
「イブは何があろうとお前を選ぶだろう。だが、お前が居なくなれば、彼女は逆巻の連中から誰か一人を選ぶ他に未来は無くなる。イブの選択肢を狭めるために、いずれお前はカールハインツ様に消されるんだ」
「そう」

 彼が表情を伺うようにこちらを観察してくる。何だ、私が実の父親に殺されそうだと聞いて怯え悲しむとでも思っているのか。私を殺そうとするなら、その前に父さんをこの手で葬り去ってやる。恐らく以前の私なら、生に執着は無かったから、父さんに殺されるのも抵抗せずに受け入れただろう。今でも自分の命に執着はない。が、私が死んだら、ユイが悲しそうな顔をする。彼女にそんな想いを味わわせたくない。それに、父さんの勝手な野望のために彼女を利用されるのは我慢ならなかった。
 お前の望むような怯えの反応は返さないから、早く続きを話せ。そう視線で促そうとして、ふと、気がついた。男の瞳に浮かぶ光の気配が、変わっている。ぞくりと背筋に悪寒が走るような、嫌な光だ。

「何にせよ、俺たちの役目は終わった。元が人間の俺たちにはアダムになる資格もない。あとはカールハインツ様がご自身で計画を進め、イブを逆巻の誰かに授けるだろう。俺たちに出来るのは、その先を見守ることくらいだ」

 ――お前に与えられた役割は、せいぜいこの計画の行く末を見守る『傍観者』くらいだ。
 保健室で初めて『ラインハルト』の父さんと会った時に言われた言葉が脳裏に蘇った。

「俺とお前は同じ立場にいる。カールハインツ様の計画に不要な駒という、な。そして俺は、お前に興味が湧いた」

 そういえば、無神の名を冠する彼ら四人は、盲目的に父さんを敬愛し従っていたんだっけ。大切な人に「お前は必要ない」と言われる気持ちは、理解出来るようで、理解出来なかった。私は元々ひとりだったから、失う辛さも捨てられる辛さも知らない。

「お前を捕らえておけば、カールハインツ様の計画も幾分スムーズに進むだろう。あとは、そうだな。カールハインツ様と似た外見のお前が、欲しくなった。これがお前が此処に連れて来られた理由だ」

 愛おしそうに私の頬を撫でるこの男の目には、あの冷酷無慈悲な我が父にそっくりな物がうつっていた。
 ドロドロと黒い炎に溶けきった瞳に見下ろされ、私の悪寒は止まらない。これは恐怖だ。父さんと対峙した時に感じる恐怖とはまた違う。父さんのは静かに狂った威厳のある重圧感が与える恐怖心。彼の場合は、少し触れれば黒く得体の知れない何かが溢れ出してしまいそうな、危うい狂気。どちらにしろ私の身体を動かなくするには十分な恐怖だった。

「父さんからの愛が欲しかったのか、君は」
「……そうだな」
「元人間の紛い物の君が、父さんの偽物の私を手元に置くって、何だか皮肉っぽい」
「紛い物の俺に、カールハインツ様の偽物であり吸血鬼の欠陥品であるお前という組み合わせは、一番違和感がないと思わないか?」

 彼が私の首筋に舌を這わせ、キバを当てて甘噛みしてくる。突き飛ばそうにも私の身体は哀れなくらい震えていた。彼の狂気には勝てないかもしれないな、と確信に近い何かを抱いていた。

「そんなに怯えなくても良い。あの方の舞台から弾き出された紛い物同士、楽しもうじゃないか。どうせ誰も俺たちの存在を気に留める者は居ないんだから」
「私には、ユイがいるんだけど」
「それもいずれ奪われる。イブはお前という存在の記憶を消し去られ、逆巻兄弟の誰かに与えられるんだ。……お前には、俺以外誰も残らない」
「残念、私は君なんか要らない」
「ふん、言うじゃないか」

 本当に楽しそうに笑って、彼は私の首にキバを穿った。初めて経験する吸血は何だか不思議な感覚がして、身体の先から順番に力が抜けて行くようだった。じゅるじゅると執拗に血液を貪られながら、思案する。
 多分、彼の狂気を恐れてしまった私には、この先逃亡することが出来ないんだろうなぁ、なんて。
 いわゆる吸血の快楽とやらが迫ってくるのを感じながら、ぼんやりとした頭の中で考えるのは、ユイの将来のことばかりだった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -