限界だった。
 玄関の扉を閉めた途端、私の身体は糸の切れた操り人形のように力が入らなくなって、玄関の扉に背中を預けてずるずると床に座り込む。膝を立てておでこを押し付けた。喉の奥が渇いて渇いて仕方が無い。自分の核が五月蝿いほどに鼓動を打っていて、黙れと念じても思い通りにならないそれを握り潰したい気分になった。
 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、先ほどの光景を思い出す。私の言葉で絶望に染まったユイの表情に罪悪感を覚えずにはいられなかった。
 出来ることなら助けてあげたかった。私を、吸血鬼と人間の混血である中途半端な存在としてではなく、ただ一人の人物として受け入れてくれた彼女に、私は少なからず好意を抱いていた。この感情にどんな名前をつけるのが相応しいのかなんて、今はまだ分からないけれど、彼女が幸せそうに笑ってくれれば、私も嬉しいと思えるような、そんな気持ちだった。
 けれど、吸血鬼の本能とは無情なもので。彼女から吸血する気など欠片もないというのに、飢えに飢えたこの身体は、彼女から香る美味しそうな血に誘われつつあった。
 自分の理性が強い時はまだよかった。ユイは餌なんかじゃないし、私は決して彼女から吸血しない、そう確信できた。けれど飢餓感が増すにつれて、胸を張ってそう言えなくなってしまった。吸血鬼としての本能が「ユイを押さえつけて心ゆくまで吸血してしまえ」と囁き始めたのだ。
 そして、怖くなった。自分の中に眠る、貪欲に血液を求める本能が。理性が押しやられて、本当に彼女から吸血してしまいそうな、また、それを心の何処かで望んでいる自分が。
 これ以上彼女と一緒に居たら、きっと行動に移してしまう。そうしたら、ユイは悲しみ私に幻滅してしまうだろう。彼女に拒絶されるなんて耐えられそうになかった。だから、何とかして離れなければならない。そう決意してから、私はずっと機会を探していたんだと思う。
 無神と名乗るあの四人は、何かしらの目的を持ってユイに近付いてきたらしい。もし彼らがユイの命を狙っていたのなら、あの裏庭での事件の際に彼女は殺されてしまっていただろう。そうじゃないということは、彼らはユイを生かしたまま利用するつもりだ、ということだ。
 私の兄弟達は吸血に関して容赦をしない。餌の体調を気遣うことなど皆無と言っていいし、力加減を誤って殺してしまうことさえあるだろう。たとえそれが極上の血を持つユイが相手でもだ。そんな連中が蔓延るこの屋敷で暮らすよりは、少なくとも命の保証がある無神たちについて行く方が、よほど彼女にとって幸せな選択に思えた。
 だから、ごめんね、ユイ。助けてあげられなくて。本当にごめん。
 何度も何度も心の中で謝罪を繰り返し、いつしか私の意識は遠のいていった。


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