※公式で誕生日設定ありますが捏造です



 勉強している最中、ふと卓上カレンダーを見ていたら疑問が湧いてきたので、この屋敷で一番まともに相談が出来るコウくんに訊いてみることにした。

「ルキくんの誕生日? んーいつだったっけ……あ、思い出した。今日って何日? え、じゃあ明日だ」

 心底驚いた。

   *

「ど、どうしよう」
「どうしようって何が?」
「ルキくんの誕生日が明日だなんて……今から何が用意出来るかな。そもそもルキくんって何が好きなの? やっぱり本? でも私が選んだ本を気に入って貰えるかどうか……」
「ちょっとエム猫ちゃん落ち着いてよ。何そんなに慌ててるの」

 余程私がテンパっていたのか若干引き気味なコウくんがそう制止してきた。一度ゆっくり深呼吸して言われた通り落ち着くよう努めると、徐々にパニックが収まってくる。

「順番に話してよ」
「う、うん。……ここにきてもう半年経ったけど、そういえば半年間誰の誕生日も祝わなかったな、ルキくんの誕生日はいつなんだろうって思って……」
「(そこで気になるのがルキくんだけなんだ。ふうん……)」
「え、何?」
「ううん、何でもないよ。続けて?」
「それで、皆の誕生日を把握してそうなコウくんに訊いて、ルキくんの誕生日を祝いたいなって思ったんだ」
「なるほどねえ、ほんっとエム猫ちゃんってルキくんのこと大好きだよね」

 凄く呆れたように言われたけれど事実なので否定のしようがない。改めて私の感情を他人に指摘されてしまうとどうにも照れ臭くなって、徐々に頬に熱が集まってくる。多分赤くなっているであろう、熱い頬に手で風を送っていたら、不気味なものでも見るような目でコウくんがこちらを見ていた。

「……明日、なんだよね。ルキくんの誕生日」
「そうだよ」
「何かプレゼントしたいんだけど、あんまりお金持ってないから高いものは買えないし、そもそもルキくんって何が好きなんだろうって思って……」
「さあ? っていうかエム猫ちゃんバカじゃない?」

 今のどこに馬鹿呼ばわりされる要素があったんだろうか。よく分からなくて首を捻っていると、態とらしい溜息を吐いてコウくんが続ける。

「おれたちはヴァンパイアだよ? 見た目と違ってなっがーい年月を生きてきたの。今更誕生日がどうのこうの言われても、そんな日特別でも何でもないんだよね」

 こちらを見るコウくんは本当に呆れてる顔をしていて、その台詞が本心からの物だと言外に語っている。吸血鬼と人間の価値観が違うのは分かっているけれど、生まれた特別な日をそんな風に言われてしまうと、何だか「この世に生まれてきたことを喜んでいない」ように思えてしまって、悲しい気持ちになってくる。
 しゅんとして落ち込んでいると、「あー」と面倒臭そうな声が聞こえてきた。

「そんな顔しないでよ、おれがエム猫ちゃんを虐めてるみたいじゃん」
「ご、ごめん……。でも、私はルキくんが生まれてきてくれたことが嬉しいし、たとえコウくんたちにとって何百回繰り返した意味のない日でも、私は何回でも祝いたいなって、思って……」

 コウくんの価値観に意見して機嫌を損ねてしまうのが怖かったけれど、何だか口が止まらなくて、悲しい気持ちのまま考えを喋ってしまった。
 けれど予想に反して彼が機嫌を損ねることはなく、羨望のような眼差しでこちらを見てきた。私ではないどこか遠くをぼんやり眺めているようにも見える。
 どうしたのだろうと思ってコウくん、と名前を呼ぶと、彼はぼんやりしたまま淡々とした口調で、

「おれやユーマくんやアズサくんはさ、自分の誕生日を知らないんだよね」
「……?」
「おれは気が付いたらマンホールの下で生活してたし、ユーマくんは記憶喪失、アズサくんも身元不明。親の顔もろくに知らないし、自分の生まれた日なんて以ての外」
「……うん」
「でもルキくんはさ、人間だった頃両親と過ごした記憶があって、勿論誕生日も知ってて、多分毎年お祝いされてたと思うんだよね」
「……」
「ヴァンパイアになったら誕生日がどうでもよくなるっていうのは本当だよ? 多分それはルキくんもおんなじ。でも、誕生日がはっきりしてるルキくんが、ついでにエム猫ちゃんにそれを祝いたいって思われてることが、なんか羨ましいなーって」

 言い切ってからコウくんは、はっとした顔をした。多分今の台詞は半ば無意識に口をついて出た物なんだろう。自分が喋っていた内容を思い出して困惑しているようで、気まずそうに視線を私から外し空を彷徨わせている。やがて、取り繕うように無理矢理明るい声を出して「ね?」なんて笑うから、私は思わずコウくんの手をとってしまった。

「……なに、可哀想な子って同情でもするつもり?」

 握られた手をちらりと見て不愉快そうに眉根を寄せて胡散臭そうな顔をさるけれど、それに構わず続ける。

「年明けに、皆でお祝いしよう」
「は?」
「誕生日は分からないけれど、皆年が明けたら一つ年をとってるんだから、その時に皆でお祝いしよう」
「……なんだよ、さっきはルキくんの誕生日ばっかり気にしてたくせに」

 小声でそう呟くコウくんは、何だか道を見失って途方に暮れる小さい子供のような表情をしていた。

「私はルキくんが一番大切だけど、だからってコウくんのことが気にならないわけじゃないよ。コウくんも、ユーマくんも、アズサくんも、みんな私の大切な人だよ」
「……本当に?」
「うん。本当だよ」
「嘘だったら承知しないからね」
「大丈夫、嘘じゃないから」

 にっこり笑って力強く頷いてみせると、コウくんはようやく安心したような顔をして、それからついでに照れたように少し頬を赤く染めた。指摘したら怒ってしまうだろうから、口には出さないでおこう。
 さて、気を取り直してルキくんの誕生日について話を続きだ。

「で、ルキくんは何が好きかな」
「エム猫ちゃんの血」
「……そういうのじゃなくて」
「って言われてもなぁ、本当に知らないんだよ。本は好きだろうけどわざわざプレゼントしなくても書斎とか学校の図書館に腐る程あるしね」
「……うん」

 ふたりで膝を突き合わせて何が良いか考えるけれど、考えれば考えるほどルキくんの趣味趣向は謎めいていて、 全くといっていいほど案が浮かばない。私より遥かに長い間ルキくんと一緒にいるコウくんが知らないんだから私が考えて分かるはずもないのだ。絶望的な気持ちで思考を続けても、浮かんでくるのは時計だとか万年筆だとか、在り来たりな物ばかりだ。
 唸りながら私と同じように考えを絞り出していたコウくんが、ふと何かを思いついたような晴れ晴れとした顔をで手をポンと叩いた。

「そうだ! エム猫ちゃんの首にリボンを巻いて『私がプレゼントです』って言えば――」
「だめ! 却下!」
「えーなんで? 良い案だと思うよ? ルキくんは喜ぶしエム猫ちゃんもルキくんにたっぷり可愛がってもらえて一石二鳥! ほら、名案でしょ?」
「それって血をあげるのと変わらない じゃない」
「変わるよー全然違う。吸血はただのお食事だけど、エム猫ちゃん自身がプレゼントになるのはもっとこうえっちい感じの」
「どっちにしろ恥ずかしいからだめ!」

 必死になって否定すると、コウくんは頬を膨らませて(無駄に可愛い顔で)「エム猫ちゃんったらワガママだなぁ」と悪態をついてきた。我儘でも何でも良いからそんな恥ずかしい真似はしたくない。
 ……恥ずかしい、真似。

「……今、プレゼントになったエム猫ちゃんがルキくんにどんな風に可愛がられるか想像した?」
「なっ、してない! してないからね!」
「うっそだぁ顔に出てたよ? エム猫ちゃんったらわっかりやすいんだから!」

 私の顔を指差してけたけた大笑いするコウくんのせいで私はますます頬を赤くするのだった。……だって図星だったから。

   *

 結局何も案が出ないまま一日過ぎてしまった。流石に自分の首にリボンを巻くなどという真似が出来るわけもなく(恥ずかしいのは勿論そうだけどそれでルキくんが喜んでくれるとは思えなかったから)、たいしてお金を持っていない私がプレゼントを買えるはずもなく、無難にケーキでも焼くことしたのだった。
 コウくんやユーマくんやアズサくんがやって来てケーキを食べさせろと言って来たけれど、プレゼント用だから駄目と訴えて何とか諦めて貰えた。
 そんなこんなで焼きあがったスポンジケーキに飾り付けを施し、さあルキくんを呼びに行こうと思ったところで、

「おい、ここで何してる」
「きゃあ!!」

 ガシャーン!
 と、盛大な音を立てて、白い陶器の高級そうな皿が見るも無残な姿になってしまった。床に散らばった破片を絶望的な気持ちで見下ろし、錆び付いた人形の首を無理矢理動かすように、ぎぎぎぎと音が鳴りそうな動きでキッチンの入り口にいるルキくんの方を伺い見ると、予想通り救いようのない間抜けを見る目で私を見ていた。
 キッチンを支配する沈黙が痛い。ルキくんが無言かつ視線だけで私の粗相を責めてくるものだから、居た堪れない気持ちになって彼から視線を逸らした。
 深い溜息が一つ、聞こえてくる。

「……声をかけたぐらいで驚くんじゃない」
「……ごめんなさい」
「皿を持つ時も気をつけろ。声をかけるたびに割られてはその内屋敷から食器が一つ残らず無くなりそうだ」
「……はい、ごめんなさい」

 再び溜息ひとつ。
 それからルキくんは食器のことは許してくれたのか、すたすたと歩いてこちらに近づいてきた。まずい、このままではルキくんへのプレゼントとして焼いたケーキが見つかってしまう。何となくサプライズ的な感じで渡したかったのでここで見つかる訳にはいかないのだけれど、当然この状況で隠せるはずもない。隣に立ったルキくんが私の背後を覗き込んで少し眉を寄せた。

「……ケーキ?」
「そ、そう、焼いてみたんだよ」
「女はどうしてこう甘ったるいものが好きなんだろうな。食べ過ぎて太るなよ」
「(……酷い言い草だ)」

 それにしても、こんな言い方するなんて、ルキくんはケーキとか嫌いなのかな。やっぱりプレゼントは何が良いか訊かなかったのは失敗だったかもしれない。食べて貰えない可能性が出てきて気分が落ち込んできた。

「……なんだその顔は」
「別になんでもないよ」
「とてもそうは見えないがな」
「……」
「言いたいことがあるのなら言うと良い」
「……あのさ、ルキくんはケーキ嫌い?」
「好きではないが嫌いでもない」

 それは食べて貰えないことはないが喜んで貰える訳でもない、ということか。安易にケーキを選んだのが間違いだったのかなあ。
 と、ルキくんが顎に手をあてて私をじっと見ていた。何か考え事をしている様子だ。まあ、あんな訊き方をしたら余程鈍感な人でない限りこのケーキがルキくんのために焼いたものだと気がつくだろう。ましてやルキくんは人一倍洞察力に優れた人だ。気が付かないはずがない。
 やがてルキくんはふっ、と笑って、からかうような口調で話し始めた。

「お前、昨日随分と長い時間コウの部屋に居ただろう。何をしていたんだ?」
「(そ、そこから気づいてるの……っ!?)」
「ほらどうした、答えてみろ」
「……な、なんでそんなに笑ってるの?」
「お前が必死に隠し事をしようと無い知恵を絞って混乱している姿が面白いからだ。話を変えるんじゃない、早く答えろ」

 何故かルキくんがじわじわと距離を詰めてくる。詰められた分だけ後ろに下がっていたら背中がキッチンのシンクにぶつかってしまった。やんわりと胸を押して離れて欲しいと無言で訴えるけれど、逆にその腕を取られ、もう片方の手が私を閉じ込めるようにシンクに置かれ、あっという間に逃げ道を塞がれてしまう。
 ルキくんがこんなに近づいてくるのは吸血される時が殆どだから、今まで吸血された時のことを思い出して恥ずかしさと緊張で心臓が壊れそうなくらいばくばくと大きく鼓動を鳴らしている。

「お前の口は飾りか? それとも主人の命令が聞けないとでも?」

 そんな私に追い打ちをかけるように、ルキくんは耳元に口を寄せてきて、耳朶に軽く噛み、そう囁いてくる。吐息混じりのそれは吸血する時に私を辱めるルキくんの声そのもので、今度は吸血の快感が過って条件反射のように身体がぶるりと震える。
 もう隠しても無駄だ。ルキくんは一から十まで全部お見通しなのだからサプライズなんて出来る訳が無い。とにかくこの大勢は心臓に悪いから早く解放してもらいたい、その一心で私は早口気味に、

「きっ、昨日コウくんにルキくんの誕生日いつかな? って訊いたら今日だって言われたから、その、お祝いしたくて」
「……」
「も、もちろん、ヴァンパイアが誕生日なんて重視してないっていうのはコウくんからも聞いてるけど、それでも、私はルキくんが生まれてきてくれたことが嬉しいし」
「……」
「プレゼント何が良いかなって悩んだんだけど、時間も足りないしお金も足りないし、コウくんと一緒に色々考えたけど全然分からなくて、結局ケーキ焼こうって、思って……。我ながら安直かなとは思うけど、他に思いつかなくて」
「……」
「ご、ごめんなさい。これじゃ、気に入って貰えないよね」

 当たり前だろうお前の想像力は本当に貧相だな俺はこんな家畜に育てた覚えは無い、とかいう罵倒が返ってくるだろうと身構えていたのだけれど、予想に反してルキくんは一向に口を開く気配を見せない。
 何事だと困惑して様子を伺っていると、ルキくんは私から離れて、とても不可解そうな顔で私を見下ろした。

「誕生日、だと?」
「うん……え、間違ってた?」
「いや、確かに今日は俺が生まれ日だ。ここ数十年気にも留めていなかった」

 独り言のようにそう返事してから、私の背後にあるケーキに視線を移す。

「……ルキくん?」
「……」
「……もし、良かったらで良いんだけど、お祝いのケーキ、食べてくれないかな」

 今度は私に視線を向けられる。難しい顔をして半ば睨むような顔で私を見ているルキくんは、考え事をしているのかすっかり黙り込んでしまっている。あまりにも沈黙の居心地が悪いので、催促するように「駄目かな」と問えば、ようやくルキくんは軽く溜息を吐くという反応を返してくれた。

「……いや、食べよう」
「ほ、本当!?」
「ああ。貧相な想像力とはいえお前が主人のために考えて用意した物だからな。それにいくら家畜が馬鹿だとはいえ、ケーキの材料に罪は無い」

 予想通りの酷い言い草だけど、それでも良かった。だってルキくんが口元に満足そうな笑みを浮かべていたから。
 ルキくんに言われダイニングまでケーキを運び、ついでに紅茶を出した。私の目の前で黙々とケーキをワンホール食べ切ったルキくんは、

「……ワンホール……太らないの?」
「食べたらすぐ太るお前と一緒にするな」

 小馬鹿にしたようにそんな悪態をついた後、

「味は悪くなかった」

 事もなげにそんなことを言ってくれた。その一言だけで私は満足だった。最後に彼に「誕生日おめでとう」と言って、この日は幕を下ろした。



その後。
「お前はこう言ったな。『私はルキくんが生まれてきてくれたことが嬉しい』と」
「い、いやあのその、あ、あれはすごく焦ってて、それで」
「うっかり本音が零れた、と?」
「……」
「ふん、意外といじらしいところもあるじゃないか。いつもそうやって従順に主人を慕っていれば良いものを」
「(恥ずかしい……ルキくんはすごい楽しそうだし……)」


その後2。
「コウにプレゼントの内容を相談したと言ったな」
「うん。それがどうかした?」
「コウは何を提案してきたんだ」
「……」
「ユイ?」
「……私が自分の首にリボンを巻いて『私がプレゼントです』って言えば? って」
「なるほど、コウも意外と気が利いているな。それでも良かったんだが」
「え!?」
「……何をそんなに驚いている。その間抜けな顔をやめろ」
「て、てっきりルキくんはそんなのじゃ喜んでくれないと思って。あと恥ずかしいから、やめたんだけど……」
「お前が恥じらっている姿は中々悪くないからな、是非見てみたかった」
「……からかってるよね?」
「当然だ」
「……」




(20131209)
ルキくんが無言になったのは「誕生日を祝われるのが予想外だったから」です。分かり難かったですね。


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