ルキがいつものように自室で読書に興じていると、同じ部屋にいた彼の家畜であるユイが自分のことを凝視しているのに気がついた。何か用でもあるのか、と視線を本に落としたままユイの行動を待っていたが、彼女は一向に動く気配を見せず、不躾な視線をルキに浴びせ続ける。他人の視線を無視することなど彼には容易いことだが、何となく気になって顔をあげた。ユイはしまった、という焦りの感情を顔全面に出していた。彼女は考えていることが顔に出やすい単純な人間だった。
 視線を交わすこと数十秒。表情は焦っている割に何も言って来ないユイに痺れを切らして、ルキは口を開いた。

「何の用だ」
「いや、あの、……その」

 口ごもり煮え切らない態度に少しうんざりする。主人の質問に対し意見を言えない家畜なんて無機質な置物と一緒だ。自分はこんな風に彼女を躾けたつもりはないのだがな、と彼は内心でひとりごちる。
 ユイは何やら白い頬をうっすらと桃色に初めて、ちらちらとルキに視線を送ったり逸らしたりしている。……どうも彼の耳元を見ているらしい。
 一体何だと言うのだ。眉を寄せて返事を待つルキに、恐る恐るといった様子のユイが話を始めた。

「ルキくんって、右耳にピアス開けてるよね。それも三つ」

 言われて彼の手が自然と自分の耳朶に伸びた。指先でなぞれば、確かにそこには飾り気のないピアスが嵌められている。

「それがどうした」
「ルキくん、学校でも優等生って感じなのに、不思議だなって思って……」
「優等生、か。別に俺は教師の評価を気にして学生生活を送っている訳じゃないぞ」
「まあ、あの、それで、その……」

 やはり煮え切らない態度だ。何かを言いたいのに躊躇しているらしい。どうやって誤魔化そう、と考えているのが丸わかりな顔をしていて、間抜けな家畜の姿にルキの口元が緩んだ。読んでいる途中だった本を閉じて傍らに追いやり、ユイを手招きすれば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせながら近くによってきた。
 膝を指差して座れ、と命令すれば、恥じらいながらも素直にルキの膝に跨ってみせる。その従順な態度にルキは内心でほくそ笑んだ。彼女の従順さは自分の調教の賜物だからだ。
 ルキの膝に腰をおろして肩に手を載せるユイは、やはり先ほどのように彼の耳元を凝視している。それからぽつりと呟いた。

「……かっこいいなぁ」
「ほう」

 ルキが相槌を打ったことで初めて、ユイは自分が考えていたことを声に出してしまったことに気がついた。取り繕うように違うの! と弁解して見せるが、赤く染まった頬が彼女の言葉は嘘だと告げている。そんなことルキが悟らないはずがない。瞳を細めてからかうようにユイを見れば、赤い頬がますます赤みを増した。

「かっこいい、か」
「いや、あのね! それは誤解というかなんというか別にそういうことではなくてあの勘違いなの!」
「……」
「……ごめんなさい」

 焦って必死に誤魔化すが、ルキの無言の前にはやはり失敗してしまい、ユイは降参です、と言わんばかりに俯いてみせた。彼女の小さな両手が赤い頬を包む。頬の熱を冷まそうとしているらしい。
 やっちゃったどうしよう。そんな小声が聞こえてくる。相変わらずユイは口が緩いらしく、今も自分が考えていることを口に出しているとは気づいていないはずだ。そんな間抜けな家畜をくすりと笑ってから、ルキはユイの耳に手を伸ばした。長い指がユイの耳朶をなぞる。そこには傷一つない。

「……お前の耳にも開けるか」
「え?」
「ピアス。数はそうだな、三つにしよう。この俺と同じだ、喜ばしいことだろう」

 とはいえユイがアクセサリーをお揃いにして喜ぶような能天気な頭をしていないことくらいよく知っていた。それでもあえてそう提案してみたのは、自分のピアスをかっこいいと言って頬を染める彼女がどんな反応をするか見てみたかったからだ。
 まあ、痛いことは嫌だと言い張る彼女のことだから、穴を開けるのは怖いだのなんだの言うだけだろうとは思っていたのだが。しかしそんなルキの予想に反して、ユイはきょとんとしたあと、頬を緩めた。

「本当?」
「……開けて欲しいのか」
「ルキくんが、ルキくんとお揃いになるように開けてくれるなら、開けて欲しい」

 顔には出さないように驚いているルキをよそに、ユイは楽しみだなぁ、と零しながらルキの耳朶に指を伸ばした。ヴァンパイアの彼と違って体温を持った小さな指が、暗い色の石を嵌め込んだ耳朶をなぞる。
 心地良いその感覚に瞳を伏せながら、ユイに似合う石の色は何色だろう、とルキは考えるのだった。


(20131123)
ピンクか赤が似合うと個人的に思います。


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