ルキくんが風邪をひいた。
 ヴァンパイアなのに風邪をひくのか、と驚いたが、どうも普通の病原菌ではないらしい。けれど症状はまんま風邪なのだ。とにかく今ルキくんは、自室のベッドから起き上がれないほどの高熱を出していた。ヴァンパイアになって以来こんな高熱を出したことはないと熱に浮かされた声で教えてくれたから、かなりしんどいみたい。
 風邪を治すためには栄養のあるものを食べてたっぷり睡眠をとって汗を流すのが一番良い。けれどあまりにも気分が悪いのか私が作ってきたお粥は吐き出してしまったし(別に不味いわけではない)、高熱のあまり寝ることも出来ないようだ。
 結果として、私は彼の肌に浮かぶ汗を拭き取り、額に濡れたタオルを載せて、寝るに寝れない彼の気を紛らわせるために会話に付き合うことくらいしかできない。

「ルキくん、何か食べたいものはない?」

 訊いても帰ってくるのは荒い息遣いだけだ。
 それにしても。私に顔を見られないようにするためか、右手の甲を額に当てているルキくんを見下ろしながら、考える。こんなに弱っているルキくんは珍しい。いや、ヴァンパイアが病気にかかるなんて見たことないから珍しいのはルキくんに限ったことではないのだが。普段何者の助けも寄せ付けないようなルキくんが、動くことも出来ないような状態で私の眼下にいるのだ。
 何だろう。この気持ち。ふつふつと湧き上がってくるこの気持ちは。うんうんと考えてはた、と思い当たった。悪戯心だ。こんなに弱っているルキくんなんてそうそう見れるものじゃない。普段私を掌の上で転がしてくれちゃうルキくんに、少しばかり仕返ししてやりたい。そんな悪戯心が鎌首をもたげたのだ。

「……おい」
「な、なに?」

 荒い呼吸を数回繰り返して、ルキくんはとてもしんどそうな声を絞り出す。

「……お前、今俺に何かしようとしただろう」
「え」
「隠せるとでも思ったか、愚かな女だ」

 私の考えを見透かすルキくんにびくりと肩が震える。彼はいつだってこうだ。私の考えなんて全て見抜いてしまう。じゃあなにに驚いたのかというと。彼は、額に手の甲を押し当てたままなのだ。微かに見える瞳は両方とも閉じられている。私の顔を見ずに、会話もしていないのに、彼は私の考えを見透かしたというのだ。一体どうなってるんだ彼のセンサーは。

「……大方、俺が弱っているのを良いことに普段の恨みを晴らそうとしたのだろう」
「……」
「なんだ、図星か。お前は本当にわかりやすい奴だな」

 鼻で私のことを一笑に付すと、続けざまに彼はごほごほと咳き込んだ。本当に辛いんだ、当たり前か。その事実を認識すれば、先ほどまであった普段の仕返しをしようという気持ちが急激に萎んでいき、代わりに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ル、ルキくん!」
「五月蝿い」
「ごめんなさい……じゃなくて、何か食べたいものない?」
「あからさまに話を逸らすんだな」

 ……。何も言葉を返せない。苦い顔をして黙り込んでいると、ルキくんは額に載せていた手を退けた。ゆっくりと瞼を開いて、天井をぼんやり眺める。その後私に目を向けた。

「……林檎」
「え?」
「林檎が、食べたい。ユーマの菜園にあるのがそろそろ収穫期だろう。もらってこい」
「……」
「聞いてるのか」
「……う、うん! 聞いてる! わかったもらってくる!」

 勢いよく立ち上がると椅子が後ろに倒れてしまった。ルキくんの顔が鬱陶しそうに歪む。慌てて椅子を元に戻すと、行ってくるね! ともう一度声をかけてから部屋を出た。
 扉に背中を預けて息を整える。心臓がバクバクいっていた。顔が赤くなってるのが自分でもわかるくらい、熱い。
 ルキくんが、林檎を食べたい、って言った。なんだろう、すごく可愛かった。可愛さのあまり頬が緩むのを抑えられなくて、慌てて出てきたのだ。
 とはいえ彼の可愛さに悶えている場合じゃない。早くユーマくんに林檎を貰いに行かなければ。ルキくんを待たせる訳にはいかない。心臓が未だ収まらないのを感じながら、私は菜園に居るであろうユーマくんのもとへ急いだ。


   *


 数日後、完全回復したルキくんは、自室に私を呼びつけてこんなことを言った。

「俺が林檎を食べたいと言った時のお前の顔、とても不愉快だった。主人を不愉快にさせるなど、家畜の分際で……。それから、恨みを晴らそうと少しでも考えたことも見過ごし難い。覚悟はできているな? 躾のし直しだ」


(20131109)


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