アズサくんと私の身体が入れ替わった。
 原因は分からない。当然のように解決方法も分からない。ルキくんに相談したけれど、取り敢えず時間をおいて様子見してみないと何とも言えないと言われてしまった。色々不便なことがあるだろうから外に出ないようにしろと命令され、私の見た目をしたアズサくんと二人、彼の部屋に閉じ込められてしまった。
 ベッドに並んで腰掛ける。アズサくんは物珍しそうに私の身体を見回している。自分が自分の身体を見ているなんて滑稽な姿だ、と思うのと同時に身体を見られていることに羞恥を覚える。

「……傷が……ない……」
「う、うん、そりゃ私の身体だし……」
「落ち着かない……ねえ、傷つけて」
「ダメだよ! 私の身体だから!」
「……うう……」

 くしゃっと顔を歪めたかと思うとアズサくんは後ろに倒れてぼふんとベッドに寝転がった。近くにあった布団を手で手繰り寄せてそこに顔を埋めると、私に背を向けるように半回転する。
 その一連の動作があまりにも女の子女の子していて一瞬中身は男だということを忘れそうになった。
 かのじょ……いや間違えた、彼の頭の近くに手をついて半分覆いかぶさるような状態でそうっと顔を覗き込めば、気配を感じたらしいアズサくんが布団からひょっこり、少しだけ顔を出してこちらを見た。造形は見慣れた自分の顔のはずなのに中に入っている人格によってこうまで違う表情になるのかと感心してしまった。自分の顔のはずなのに、拗ねたような表情が少し可愛いなんて思ってしまう。きっと中身がアズサくんだからだ。
 アズサくんは布団に阻まれくぐもった声でぽつりと「傷つけて……」という。「ダメだからね」と即答したら、彼はすうっと瞳を細めたかと思うと、にゅっと腕を伸ばしてきて私の首にそれを回した。ぐいっと引き寄せられ自分の顔が一気に近づく。

「……ね、ほら、良い匂いするでしょ……」

 すんすん、においを嗅げば確かに良い匂いがした。今まで嗅いだことのないくらい甘ったるい、何というか食欲をそそられるような香りだ。はた、と気づく。そうか、ヴァンパイア達が私の血は美味しいというが、こんな匂いをかいでいるのか。
 アズサくんの問いにこくんと頷けば、すうっと、目を細めて笑った。

「……ね、吸って良いよ」
「え、良いよっていうか、私の身体なんだけど」
「……今は、俺の身体……だよ……?」
「……そうだけど……でも……」

 でも、自分の身体を傷つけるなんて出来ない。それをはっきり口に出せないのは、少し興味があったからだ。彼らがどんな味を私に感じているのか。そして今はヴァンパイアである私の身体は、目の前にある香りの正体に対し確かに空腹を覚えていたのだ。
 言い淀んでいると、だめ押しのようにアズサくんが「ね?」と小首を傾げて言ってくる。私はこれ以上好奇心と食欲に抗うことが出来なかった。
 服を少しはだけさせて肌を露出させれば、一層甘ったるい匂いが鼻につく。普段見慣れているもののはずなのに初めて見たように錯覚する、中にアズサくんが入った自分の身体の首筋に顔を近づけて、そっと歯を押し当てた。吸血の仕方が分からないと思っていたがこの身体はその方法を覚えているようで、私の意識から半分くらい離れたように、身体が勝手に動き出していた。
 つぷりと肉に突き刺し、滲み出た血液を飲み下す。頭がくらくらして喉が張り付きそうになるくらい強烈な味だった。飲めば飲むほどもっともっと欲しいと、喉が渇く。

「んっ、あぁ……吸血って、こんなに痛いんだ……はぁっ、ふ、う、うう」

 甲高い自分の、けれど聞きなれない声が私の心を煽ってくる。食欲と興奮に似た何かに突き動かされ、もっと血が欲しいがために、私はキバを更に深くに刺しこんだ。一際大きな嬌声を上げるアズサくん。唇を強く噛み締め喉をさらけ出して、痛みと恐らく快感に耐えている。
 肌は飲みきれなかった血が溢れてべとべとに濡れていた。ぺろぺろとそれを舐めとり、また別の場所にキバを突き立てる。

「ふ、う、ああっ、んん……すごくいい……痛くて、気持ちいい……君はいつも、こんな風に感じているんだね……」

 そっと頬に手を添えられ、目線を合わせられる。私の、正確にはアズサくんの顔を見たアズサくんは、うっとりとした表情していた。

「ふふ、こんなに唇を血でべたべたにして……美味しい? 君の血。すごく……美味しいでしょ……?」
「……うん」

 素直に頷けば、アズサくんがふふ、と笑う。もう自分の身体だから、なんて気持ちはほとんどなくなってしまっていた。

「……もっと吸って……いいよ」

 そんな誘い文句に乗せられた私は、何箇所にもキバを突き立て、気持ち良ければ血はもっと甘くなるのかと学んでからは、もっともっとたくさん甘い血が飲みたいが為に自分の身体を触った。


   *


「それで調子に乗った家畜が自分の身体を貧血にさせたと。良い様だな」

 身体は一日で元に戻った。あの後何度も何度も吸血をして、いつの間にか二人とも気絶していたのだ。目が覚めたら私にアズサくんが覆いかぶさっていて、起き上がろうとしたら身体が動かなかった。首元には私が食い散らかした痕が残っていて、ああ貧血かとぼんやり思った。
 並んで座る私とアズサくんへ交互に視線を寄越したルキくんは、呆れたような顔をしていた。

「それで、どうだったんだ? 自分の血の味は」
「……今まで食べた何よりも甘くて、身体の感情と一緒に味まで変わるのが、面白かった、かな」
「ふふ、ユイさん……結構容赦なく俺のこと噛んでたよね……」
「ごめん……」
「良いよ、痛くて気持ちよかったし……貧血の辛さを味わう前に戻っちゃったのは……残念だけど……」

 私の身体で体験した吸血の痛みを思い出したのか、ぶるりと身体を震わせてアズサくんは恍惚とした笑みを見せた。

「……吸血は痛いって……身を以て知ったから……貧血が治ったらまたいっぱい吸ってあげるね……」
「……」

 助けを求めるようにルキくんをみれば彼はいつの間にかいなくなっていた。ふふふ、と隣で笑うアズサくんの声を聞きながら、私は今後どんな風に吸血されてしまうのかという不安でいっぱいになる。もしかしたら私は、身体の入れ替わったアズサくんの口車に乗せられて、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。吸血の痛みと快楽を知ってしまったアズサくんが私に何をするかなんて目に見えていたのに。
 後悔しても遅かった。



(20131109)


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