「今から学校へ行くぞ、準備しろ」

 制服を着たルキくんがそう言って私に制服を渡してきた。もう半月近く袖を通していなかったそれ。見慣れたはずのものなのに、なんだか知らないもののような気がした。

「がっこう……?」
「ああ、そうだ。お前、外に出たかっただろう。自由に街を歩き回ることは流石に許可できないが、まあ学校くらいなら気分転換にも丁度良いだろうと思ってな」

 気分転換。私の気分転換のために、学校へ行くことを提案している。何だかルキくんらしくない発言だった。これで私が学校に行ったら、私はまた何かされるのだろうか。ルキくんの行動全てが私を陥れるもののような気がしてならない。
 私が渡された制服を突き返して「いい。行かない」と言えば、ルキくんは驚いたような顔を見せた。そういえば、ルキくんの驚いた顔、初めて見たかもしれない。いつも、何でもかんでも知っているような顔をしているから、彼が驚くことなんてないと思っていた。

「何故だ、お前、外に出たかったんじゃないのか」
「また何か企んでるんでしょ?」

 何の気なしにそう問えば、何故かルキくんは眉を寄せた。怒りでも不機嫌でもない、何だか悲痛な面持ちだった。どうしてルキくんが苦しむんだろう。苦しいのはこっちの方だと言うのに。

「とにかく行かないから」

 逃げるように背中を向けるが、ルキくんに手を掴まれ逃亡を阻まれてしまう。私の手を掴むルキくんは、やはり悲痛というか、困惑というか、何ともいえない表情をしていた。珍しく言葉を探すように視線を彷徨わせたかと思うと、絞り出すように言う。

「安心しろ。何も企んでなどいない。だから学校に行くぞ、早く用意しろ。玄関にリムジンが来てる」

 ルキくんはそれだけ言うと、私に再び制服を渡して何処かへ行ってしまった。
 手の中にある制服を見つめる。ついさっきまで見知らぬものに見えたそれは、やはり私の制服だった。慣れ親しんだ感触に少しずつ嬉しさがこみ上げてくる。布に顔をうずめて頬ずりした後、私はすぐに準備にとりかかった。


   *


 夜間学校であるためか長期間欠席する生徒も少なからず存在するため、半月も欠席した私を不審な目で見る者はいなかった。特筆すべきほどの友達はいないけれど、それなりに仲の良いクラスメートは何人かいるため、その子達が「どうしたの、体調崩した? 大丈夫?」そんな当たり障りのない、けれど嬉しい言葉をかけてくれた。他人の善意に触れたのが久しぶり過ぎて反応に戸惑ってしまった。
 休み時間やご飯の時間は、仲の良いクラスメートたちが集まってテレビや雑誌などの話題で雑談をする。内容のない、ただの日常会話がこんなに楽しく感じるなんて。そういえば最近人気のアイドルの話で盛り上がっていたけど、何だか聞き覚えのある名前だったな。
 クラスメートといえば、逆巻アヤトくんだ。半月ぶりに会えるかと思ったのだけれど、彼は今日登校していないようだった。とはいえ、会ったら会ったで何をされるか分からないから、居ないのは好都合だったのかもしれないけれど、何となく寂しさを感じてしまうのは仕方ないことだと思う。
 やがてあっという間に下校時刻になった。屋敷へ戻るリムジンに揺られながら窓の外をのぞき見れば、見慣れた街がどんどん通り過ぎて行く。久しぶりに街で買物したいなぁ、なんて思うけど、そんなことを口に出来るわけがなく、心の中にしまっておくことにした。今日学校に行けただけで、私の心は幸福に満ちていたのだ。ユーマくんやアズサくん、コウくんが話している声をぼんやり聞きながら、今日の出来事をゆっくり思いだして、また幸福に浸る。
 隣に座るルキくんを見れば、彼も私を見ていたらしい。いつから私のことを見ていたんだろう。視線を感じなかったから見当もつかない。じっと彼の顔を見つめていたためか「どうした」と問われて、私は元々用意していた言葉を口に出した。

「ルキくん、今日はありがとう」

 言った途端車の中がしんと静まり返った。四対の瞳が私に注がれる。何か変なことを言っただろうか、考えてみるけれど心当たりはない。取り敢えず気にせず話を続けることにした。

「学校に連れてきてくれて、本当にありがとう。すごく嬉しかった」

 ルキくんは目を見張っていた。綺麗な顔に浮かんでいるのは、驚きだ。登校前の時といい今といい、ルキくんが驚くなんて。明日は槍でも降るのだろうか。

「……別に感謝されるようなことをした覚えはないが」
「それでも言いたいの。本当にありがとう」

 にっこりと笑って言って見せれば、ルキくんは何とも言えない表情をして顔を背けると、それきり黙りこんでしまった。……まさか私の笑顔が気持ち悪かったとかだろうか。それは悲しいな。なんて考えながら、私は再び窓の外に目を向けた。



(20131108)


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