「此処が今日からお前の暮らす場所だ。今後、お前の行動は全て俺が決定する。お前が自由に行動することは一切許さない。良いな、家畜?」
ルキくんが私を自室に招き入れ開口一番に放った言葉がこれだった。もう一度確認するが此処はルキくんの自室だ。まさか彼がこの部屋を私に明け渡して別室に移動するとは思えないから、彼の言葉が意味するのはつまり、この部屋で一緒に生活しろ、ということなのだろう。
今でこそヴァンパイアと同じ屋根の下で暮らすことに慣れてしまったが、私は普通の女子高生だ。人並みの羞恥心だって当然持ち合わせている。いくら相手がヴァンパイアであるとはいえ、ルキくんの性別は男の子なのだから、同じ部屋で生活するのは何とも恥ずかしいというか緊張するというか、耐えがたいものがあった。
そして何よりそんな懸念が吹き飛ぶくらいの疑問があった。自由に行動をすることは許さないって、一体どういうことなんだ。
「あの、意味がよくわからないんだけど……」
「端的に言えば軟禁だな。俺の言うことに従って行動すれば良い。簡単だろう」
「簡単、って」
日常会話でおよそ登場しないであろう『軟禁』という言葉に顔が引きつる。ナンキン。自由に行動することは許さない。俺の言うことに従え。ルキくんの言葉が頭の中でぐるぐる回る。言葉の意味はわかるけれど、それが自分に突きつけられている現実だと受け入れることが出来なかった。
「どうして」
「どうして、とは?」
「どうして私がそこまで行動を制限されないといけないの? そんなのまるで」
まるで。ペットじゃないか。
それを口にすることは出来なかった。ルキくんが私を何と呼んでいるか思いだしたからだ。家畜。そう、家畜。少し意味は違うけれど今の私にとってはきっと同じことだ。飼い主の決めた生活範囲に押し込められ、自由にそこを出ることは許されない。食事も排泄も主人の決めた場所で行う。一挙手一投足を常に監視され、プライベートなど無いに等しい。飼い主に全てを支配されているのだ。……その命さえも。
ルキくんが、軽く口角を持ちあげていた。笑っている。こちらを真っ直ぐ見つめる彼の瞳は私の心を見透かしているようで、背筋に冷たいものが走った。感じたのだ。彼は私の飼い主であるという、錯覚を。
「その顔は、ようやく自覚が湧いてきたようだな」
「わ、私は家畜じゃない! 私は人間だよ!」
「何を言っている。お前は家畜だ。身の程を弁えろ」
「違う……」
「違わない。……はあ、人間の女は物分かりが悪くて困る」
こんなの、こんなの酷い。行動の決定権を奪うだなんて、人間の尊厳を踏みにじるような所業だ。けれど目の前に立っているこの男は、何故理解できない? とでも言いたげな表情で私を見ている。あまりにも堂々としたその態度に、もしかして私の言っていることの方が間違っているのかと不安になるくらいだ。
「……いや、そんなの絶対に嫌!」
口に出した拒絶の言葉は自分でも驚くほどに震えていた。理由は考えなくてもわかる。恐怖しているのだ、無神ルキという人物に。
何かをされたわけでもない。強いて言えば理不尽な言葉を突き付けられているだけだ。けれど理屈じゃなかった。本能の奥底で、彼が怖いと叫んでいる自分が居る。逆らえば死んでしまうかもしれないと言う命の危機を感じていたのだ。自分が支配される側なのだと、認めたくないのに、本能が悟っている。
覆すことの出来ない主従関係の構図が見えるようだった。
「愚かな家畜にひとつ忠告をしてやる」
低く、冷たい声色に、私の肩はびくんと跳ね上がる。
「お前に拒否権など存在しない。俺が問うているのは理解したか否か、それだけだ。それから、今後俺に口答えをすることは許さない。お前の命は俺の気分次第なのだと、その愚鈍な脳みそに深く刻みつけておけ」
恐らく口だけの宣言ではない。私が彼に逆らえば、彼はいとも簡単に私の息の根を止めて見せるだろう。反論しようとするが、唇が微かに震えただけだった。全身が彼に抵抗することを拒否していた。
「もう一度問う。お前の全ては俺が握っている。お前はただ、俺の言うことに従っていれば良い。理解したな?」
もはや拒否など出来なかった。脳が拒絶していても身体が上手く動かない。私は恐怖に震える身体をなんとか動かして、頷いて見せた。
「わ、かりました」
この承諾で、私は人間としての権利や尊厳を全て捨てさせられた気がした。胸いっぱいに広がるのは喪失感と絶望だった。
(20131108)