ルキくんの家畜の飼育法は鞭と飴を9:1の割合で与えるというものだ。気に障ることをすれば彼の気が済むまで仕置きをされ、その後突き放すように放置されることもある。このまま捨てられてしまうのではないか、という不安を抱くほど冷たいその態度に、捨てられたくないと怯える私は床に頭を擦り付けて赦しを請わねばならない。
 けれどとても少ない割合で与えられる飴は、心がドロドロに溶かされるくらい甘いものだ。これでもかというほど甘やかされ、何が何だか分からない内に泣いてしまうこともしばしばある。家畜のくせに主人の手を煩わせるなんて躾がなっていないな、なんて言葉だけは冷たく、しかしとびきり優しい声色で囁かれ頭を撫でられた日には、涙が止まらなくなってしまう。許容量を超えて涙となり溢れ出す感情の名前は、未だに自分でもよくわからない。
 鞭が酷ければ酷いほどより一層たまに与えられる飴はより甘美なものになる。私はそれを心待ちにして、酷い鞭に耐えるのだ。それをコウくんに話せば呆れた顔で「うわぁ……調教済みだ〜……」なんて言われてしまった。
 まあ、前置きは良い。何が言いたいのかというと。今日は珍しい飴の日だ、ということだ。


   *


長い口づけの後、顔を真っ赤にして震えている私の顔を見て軽く息を吐き出したルキくんが呆れながら言う。

「……目くらい閉じたらどうだ」
「だ、だっていきなりだったから」
「何度こうしてきたと思っている、いい加減慣れろ。……まあ、お前のその間抜け面を見るのも悪くはないが」
「な、慣れるとか、無理だよ……」
「ふむ。それは何故だ?」
「だって、……」
「だって、何だというんだ。ほら、声に出さないと伝わらないぞ」
「……恥ずかしい、から」

 耳たぶに舌を這わせ、低く小さく掠れた声で囁かれれば答えない訳にはいかなかった。ゆったりした口調でルキくんに問われると答えたくないと思っていてもいつのまにか口を開いてしまう。詰問されているわけでもないのに。声色に対する条件反射かもしれない。
 私の返答に満足そうに笑うルキくん。いつもの目の奥に冷ややかな色を滲ませた笑いではなくて、ふわり、なんて擬音が似合う柔らかい笑み。ルキくんがこんな顔をするのはとても珍しい。だからか、こんな顔で笑いかけられれば自然と私の気持ちは昂ぶるのだ。
 何だか言い表しがたい感情が込み上げてきてルキくんに抱きつき彼の肩に額を擦りつければ、ルキくんは優しい手つきで私の腰を抱き寄せた。こんなことを許されるのも「飴」の日だからだ。

「お前も随分甘えて来るようになったな。俺の調教の賜物、か」
「この間コウくんにも調教済みだなんて言われちゃった。私、そんな風に見えるの?」
「自覚がなかったのか。むしろそれが信じられないが」
「……自分のことだから、尚更わからないよ」
「そうだな、ならば教えてやろう。お前はこの屋敷にきてから随分変わった。家畜としての自覚が出てきたらしい、主人である俺に従順に従うようになった。まあ元が愚鈍であるが故、未だに言いつけを守らない面もあるがな。そして何よりこうして、自分から俺に触れて来るようになった。まるで俺に、」

 一旦言葉を区切り勿体付けると、からかうような笑いを含んだ声で、

「愛情でも抱いているような」
「……」
「ふ。否定はしないのか。お前もつくづく物好きな奴だな。俺はお前の身体を喰い荒らす、言わば敵のような存在だと言うのに」
「……それでも良いの」
「いじらしい答えだ。そうだな。物言わぬ家畜として食料にするだけでも良いが、お前も人間だからな。物事を考える頭があるのならば使わなければ意味がない。思考停止している食料よりは、ある程度感情と意思を持ち反応を返す愛玩動物の方が飼育のし甲斐があるというものだ」
「愛玩動物……」
「そうだ。だから、たまにはちゃんと構ってやらないと、な?」

 ルキくんの親指がゆっくりと私の唇を撫でる。彼の仕草で、声で、言葉で、私の気持ちは面白いくらいに煽られる。鏡がないから自分がどんな顔をしているのかわからない。けれど、ルキくんの愉快そうな表情を見る限り、きっと熱っぽい目をルキくんに向けているんだろうな、と思った。

「期待に満ちた顔をしているな。良いだろう、お前のして欲しいことをしてやる。さあ、言ってみろ」

 そして、私は口を開いた。



(20131107)
特に意味はない話


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