静かな部屋に控えめなリップ音が響く。
「キスくらいではもう驚かなくなったな」
「……うん、流石に慣れた」
 ベッドの上で向かい合い、肩を抱かれ口づけを繰り返す。毎日と言ってもいいほどこうされているのだからこれで慣れない方がおかさいというものだ。
「警戒心を持たれないのは良いが、お前が余裕そうな顔をしているのは癪だな。キスに慣れたなら、もう少し刺激的なことをしてやろう」
「……んっ」
 言葉とともに下唇を舐められ、唇が徐々に首から鎖骨へ移動していく。冷たくて柔らかい感触がくすぐったい。身を捩って逃れようとすると、腰を抱き寄せられ腕の中に収められた。
「逃がさない」
 ワントーン低い声が制したかと思うと、耳元に口を寄せてきた。ふうっと息を吹きかけられて、ぞわぞわと肌が粟立つ。ぴくりと身体を強張らせた私を見て彼は楽しげに笑った。
「なんだお前、耳が弱いのか。知らなかったな」
 嬲るように舌が耳朶を這い、甘噛みと共にちゅうと吸われる。その音があまりにも近くて脳に直接響くようで、なんだか彼に食べられている気分になった。身体の芯から脱力していく。
「ここ、くすぐったくてきらい……」
「感受性が鋭い証だ。そのうち気持ち良くなる」
「それもあんまり嬉しくないんだけど」
「安心しろ、丁寧に開発してやる」
 いまいち話の噛み合わないことを言って尚も耳を攻め立てる。力を入れようとしてもそれは叶わず、へなへなと彼の身体に体重を預けるハメになる。やめて、と言う代わりに黒い瞳を見上げたら、口元を緩ませてまた口付けされた。キスして欲しいなんて言ってないんだけど。
 執拗に耳を嬲りながら、私を後ろへ押し倒していく。逃がさないよう上から体重をかけられ、手足を絡められ、シーツに押さえつけられる。
 寒気とも違う、ここ数ヶ月で覚え込まされた、背筋がぞくぞくするような、甘い疼き。肌に触れられるたびに、熱を植え付けられたかのように体温が上がっていく。不意打ちで首筋を舐められただけで口から震える吐息が漏れた。
「……刺激的なことって、これ? こんなの、いつもと変わらないでしょ」
 恐らくこのまま服を剥かれて、真夜中まで抱かれ続けることになる。確かに刺激的ではあるけれど、別にいつものことだ。
「いいや、今日は手は出さない。まあ、お前がして欲しいと言うのなら、してやらんこともないが。それよりも、今日はこうして触れるだけでお前の良いところを探してやるつもりだ」
「……」
「こういうのも新鮮で悪くないだろう?」
「悪くないかどうかは置いておくとして、確かにちょっと珍しいね」
「それは良かった。……もうお前の身体で俺が触れていない場所なんて一つもないが、改めて愛でるというのもたまには良いな」
 冷たい指先がゆっくりと全身を這い回る。私という存在を確かめるような、隅から隅まで愛玩されているような触れ方に、なんだか胸の奥がむず痒くなる。
 この感覚、触れられるたびに湧き上がるけれど、なんとも不思議な心地にさせられる。ただ肌と肌が触れ合っているだけなのに。ユイと手を繋いだ時はこんなことにならなかった。彼と、だけ。
「考え事か? 余裕そうだな」
 意地悪く笑って私の手を取ると、手の甲やひらを指先でなぞるように撫でた。手なんて普段から色んな場所に触れるというのに、彼の触り方のせいか、耳を舐められた時のような疼きを感じる。
「……いい顔だ」
 満足げな言葉と共に、今度は見せつけるように指先を口に含んだ。薄い唇からちろりと舌が覗いて、指を這う。その光景があまりにもいやらしくて、冷静な思考をぐちゃぐちゃに乱されていく。頭の奥がじいんと痺れ、視界が霞んだ。
「…………駄目だな」
「なにが?」
「先ほどはああ言ったが、撤回する。お前のそんな顔を見たら、俺の方が我慢出来そうにない」
「なにそれ。結局いつもと一緒だね」
「言ってくれるな。人よりは堅い理性を持っていると自負しているんだが、お前を前にするとどうも制御が出来ない。我ながら堪え性のなさが情けないな。……だが、まあ、良いか」
 情けないという割には大して恥じている様子もなく、開き直った顔で私の服を乱しにかかった。




 全身を特有の気怠さに包まれる。火照った身体に冷たいシーツが心地よくて、ルキに頭を撫でられるのも相俟って意識が微睡む。
 手を伸ばして衣服を纏っていない彼の首筋に添える。私と同じで彼も平均体温は低い方なんだけれど、今はいつもより少しだけあったかい気がした。
「……それで、今日はどうして突然刺激的なことをしてやろうなんて言い出したの?」
「お前が俺のすることに慣れたなんて言ったからな」
「本当にそれだけ?」
 じっと青みがかった瞳を見つめる。余裕そうな顔をして慣れたと言ったのが癪だった、という彼の言葉を思い出す。彼は意外と負けず嫌いだから、確かにそれも嘘ではないんだろうけれど、それだけではないような気がした。勘、だけど。
「俺も歳だからな、若い女を満足させるにはどうすれば良いのかと、いつも頭を悩ませているんだよ」
「また、自分のことをまるで老人みたいに言うんだね。二十五歳なんて若いでしょ。……誤魔化すほど言いたくないなら、無理には聞かないけど」
「……お前には敵わないな」
 降参だ、とでも言うように、ルキは軽く肩を竦めて笑った。
「別に誤魔化してなんていないぞ。どうすればお前を満足させられるか、そればかり考えている」
「暇人だね。もっと他に考えることはないの?」
「手厳しいな」
 取り繕ったような笑いが失せて、憂うような、どこか寂しそうな表情が浮かんだ。
「……俺ばかりお前を求めているのは嫌と言うほど自覚している。いつかお前が俺に飽きて、俺を捨てて何処かへ行ってしまうんじゃないかと不安なんだ」
「それで、私が退屈しないよう、刺激的な遊びを考えようとして、結局自分が堪えられなかったの?」
「ああ、情けない話だが。あのまま粘ったところでお前から強請ってくる可能性は無いに等しかっただろうしな」
 一緒に暮らすようになってから、今までは見えていなかった彼という人となりが分かるようになってきた。いつでも冷静で理性的な『大人の男』を装っているけれど、負けず嫌いという子供っぽい側面もある、とか。極度の人間不信なのか、他人に弱味は見せないのも、彼が他人から拒絶されることに臆病だから。
 プライドの高い彼が「不安だ」と吐露するのは、それなりに勇気の要ることだろう。他人が自分の内側に踏み込んでこないよう壁を作っている彼が、私の前ではそれを取り払う。そのおかげで、何を考えているか分からない、いつでも悠然と構え微笑を湛えている彼が、内面では人一倍臆病な心を抱えているのが知れて、ようやく『信用に足る人物』になった。それが嬉しいと思う。
 ……嬉しい? 何でだろう。
 一年くらい前に、初めて「お前が好きだ」と言われた。その時は私と結婚して間接的にユイと関わりを持ち続けるための嘘だと思っていたけれど、そのあと好意は私に向けられたものなのだと訂正された。ルキは想いを言葉にしない方だから、あれ以降好意を告げられることはあまりないけれど、それでも一緒に暮らす中で私に向けられる態度や視線で、彼の好意を嫌というほど感じる。
 籍は入れたし、夫婦らしいこともしているけれど、私自身彼のことをどう思っているかは判然としない。少なくとも好きや愛してるという言葉はしっくりこない。けれど決して嫌いなわけではないし、ユイとはまた違う『特別』な存在だ。
 そう、か。一緒に居たい、って思うんだ。好きとか愛しているとかはよく分からないけれど、彼の隣は居心地が良い。ひび割れた胸の隙間を埋めてくれるような、充足感。
「……大丈夫。君がいないと駄目になるのは、きっと私の方だから」
「どういう意味――ん」
 それ以上追及されるのが気まずくて、口付けで彼の唇を塞いだ。一度離れて、今度はどちらからともなく口付け合う。後頭部に軽く手を添えられた。
 先ほどよりも長いキスのあと、唇が離れる。至近距離で見つめ合うと、ルキは悪戯っぽく笑った。
「これは、誘われていると受け取って良いのか?」
 否定の返答を予測しつつも、そうからかわずにはいられない、という表情だった。
 両手を彼の頬に添えて、深い色の瞳を覗き込んでいると、私の唇は無意識に「……そうかも」と肯定を紡いでいた。途端、彼が驚いたように目を見張る。
「お前、」
「なに?」
「……いや、何でもない。それより、珍しいお前からの誘いなら、断るわけにはいかないな」
 私の肩を掴むと、あっという間にシーツに押し倒して上に跨ってきた。こちらを見下ろす楽しそうな笑みの中にはどことなく嬉しさが滲んでいて、私なんかの言動ひとつで喜んで貰えることに微かな満足感を覚えた。
 窒息しそうな愛を注がれる情事。いつもと変わらない、けれど飽きが来ることなんて想像出来ない。身体を重ねるたびに胸の奥は得体の知れない感情で疼く。彼という存在が私の内をじわじわと侵食し、心臓から手足の先まで何もかもを染め上げていく。それがとても安心する。
 だから彼が私に飽きる日が来るまで、彼とずっと一緒にいたい。
 初めて会った頃は、幼い妹を付け狙う危ない人だって警戒していたのに。今ではこの有り様だ。
「こういうの、絆されるっていうのかな」
「何か言ったか?」
「ううん、別に」



20150528
よくわからん話ですが、押せ押せで押されて婚姻関係結んだナマエも、今はルキのことをちゃんと特別視してるんですよ、という。
ナマエ19歳なりたて、ルキ27歳くらい


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