事が発生してからおよそ二週間が過ぎた。
 毎朝当人に体調の確認をしているが、幸か不幸か今のところ変化はない。問題の当事者に解決の意思が見えないので、代わりに俺が頭を悩ませているわけだが、カールハインツ様に許可を頂き楽園の図書館で似た事例を探してみたものの未だ成果はあがっていない。何せ事態が奇天烈過ぎる。手掛かりが簡単に見つからないのは当然だ。手っ取り早い手段としてあの方に事情を話して助けを求めることも考えてみたが、ただでさえ忙しい方に邪険にしている娘のことを話すのは気が引けて早々に却下となった。要は八方塞がりというわけだ。
 ナマエは事の重大さを理解した様子もなく、そもそも重大と思ってもいないのだろうが、あっけらかんと「特に身体に異変はないし、解決策が浮かばない状態で悩んでいたって仕方がないでしょ」そう宣ったきり俺に手を貸すこともなく毎日読書をし昼寝をし好き勝手に生きている。本人がこうなので俺も解決の意欲が無くなってしまい、彼女に倣って座して待つ方が良いのではないかと諦めの気持ちを抱いた。果報は寝て待てというしな。俺はやるべきことはやった。事が過去に例を見ないため些か努力の方向性を誤っていた可能性も否めないが、それには目を瞑っておこう。
 半獣化したのは問題だと言えば問題だが、体調に異常がないのなら誰にも害はない。むしろ白い猫耳とお揃いの尻尾は愛嬌のない無表情に可愛げを添えるものなのだから、いっそのこと彼女がこのままの未来を想定して、この事態を受け入れる方に意識をシフトした方が俺の精神衛生上もいいはずだ。
 というわけで繁華街で食材を買うついでに猫の飼育本を手に入れてきた。
 完全な猫と耳と尻尾がついただけの半獣では事情も違ってくるが、折角買ったので頭から終わりまで順番に目を通すことにした。飼うために必要な道具や餌については参考にならなかったので軽く読み流し、やがて猫のボディランゲージを纏めた項目に至る。
 ふと思い返すと、半獣化してからナマエは僅かに口数が減り、その代わりに耳や尻尾で感情表現をすることが多くなった。変化に乏しい表情と対照的にその肉体言語は普段の彼女からは考えられないほど雄弁で、コウたちでさえ猫の部位を見れば彼女が何を考えているのかある程度わかるようになったと言っていた。半獣化して良かった点の一つだろう。
 他よりも幾分か意識を集中してその項目を進めていくと、ふとすぐ隣に気配を感じた。横目で見ればソファにナマエがやって来てこちらを見上げていた。構わずに本に視線を戻して続きを読んでいると、今度は擦り寄ってきて俺の肩に頬を乗せた。どうしても相手をして欲しいようなので仕方なく片手を貸してやることにした。金色の頭を撫でてやれば喉の奥でんー、と唸って更に擦り寄ってくる。満足したのかそれ以上無言の要求をされることはなかったので今度こそ本に意識を戻す。
 それから数分して、一緒に本を眺めていたらしいナマエがぽつりと言った。
「君、こんな本も読むんだね」
「おかしいか?」
「ちょっと意外だった」
「まあ、必要に駆られた時にしかこんなものは読まないな。家に猫が来たから止むを得ずだ」
「ふうん」
 それが自分のことだと分かっているのか居ないのか、表情や口調に変化はない。図太い神経に呆れつつその顔を眺めていたら、不意にこちらを見上げたナマエが「続きは読まないの」と首を傾げた。お前のせいで中断されたんだ、と内心で返しつつ視線を戻す。前半よりもペースを上げて後半を流し読みし終え、ぱたんと飼育本を閉じてテーブルに置いた。
「おいで」
 軽く両腕を広げて言えば、ぱちぱちと赤い瞳を瞬きしたあと膝に乗り上げてきた。かつての彼女だったら「何してるの」と不審げに訊いてくるだろうし、そもそも俺もそんな馬鹿な真似はしないが、猫の彼女は飼い主構ってもらうのが嬉しいとばかりに素直に擦り寄ってくる。これも半獣化して良かった点の一つだろう。
 片手で腰を支えてやり、もう片方の手で白い頬を撫でると、擽ったそうに長い睫毛が伏せられる。薄い桜色の唇に口づけをすれば、軽く身動ぎしたあと俺の首に両手を添えてきた。赤い瞳は無邪気とも言える光を放っていたが、閉じた唇を舌で割って彼女の舌を吸えば、瞼は下りて耐えるように眉根が寄せられた。
 人形のように整った容姿の女に俗物的な猫耳と尻尾が生え、尚且つ俺に与えられる生々しい口付けに表情を変えている。冒涜的とも言える歪な光景は俺の中に存在する薄暗い欲を刺激した。
 頬に添えていた方の手でナマエのワンピース型の服の裾を捲り、臀部から伸びる尻尾の根元を無造作に掴む。猫の性感帯と呼ばれるそこを攻め立てれば、華奢な身体がぴくりと震えた。
 態とらしく音を立てながら、顎先から鎖骨にかけて口付けする。だらしなく半開きになったナマエの唇からは切なげな吐息が漏れ、両手が俺の頭を抱き込んだ。耐えるための行動なのだろうが逆に口を首筋に押し付けられた形になる。折角なので真っ白な皮膚に軽くキバを立てて甘噛みしてやった。
「こうしていると俺まで猫になった気分だな」
「……ん?」
「お前に毛繕いでもしてやっている気持ちになる」
「そう」
 言ってから本に書いてあったことを思い出した。
「そういえば、猫が互いをグルーミングするのは親愛の情の証らしい」
「へえ」
 特別話題を広げるための話では無かったので、素っ気ない返事を聞き流し首筋に舌を這わせていたら、頭上から自分の名を呼ばれた。顔を上げると両手で頬を包まれる。赤い瞳がじっとこちらを見返すものだから、こちらも視線を返していたら、ナマエが顔を近付けてきて、気がついたら頬にキスをされていた。
「……お前からしてくるのは珍しいな」
「だって猫同士の毛繕いは親愛の情の証なんでしょ。君って猫っぽいから」
「なんだそれは」
 同意しかねることを言い放ってから今度は先程の俺のように首筋に唇を落とす。ちゅ、ちゅ、と控えめな音を立てながら首から鎖骨にかけて唇を落とし、時折吸い付きながら、舌で肌を舐める。彼女から行動をしかけてくるのは本当に珍しいので、邪魔をしないよう両腕で身体を支えてやりながら大人しくしていたのだが、段々耐えられなくなってきた。もういい、と言ってから肩を掴んで距離を取ると、ナマエは不思議そうに首を傾げた。
「気持ち良くなかった?」
「……いや」
 ストレートな物言いに頭を抱えたくなる。視線は続きを催促するようだったが、これ以上正直に感想を述べるのも癪なので、誤魔化すように頬を撫でてから横髪を耳にかけてやった。それから頭の上にある白い三角を指先で弄んでやる。此処を触られるとすぐに眠気を催すナマエは、気持ち良さげに瞳を細めた。白い耳はやや外側を向き、尻尾はゆったりしたリズムで揺れていた。どちらもリラックスしている証拠だ。徐々に身体から力を抜き、俺の肩に頬を預けてもたれかかってくる。それを抱きとめてやりながら今度は背中に垂れた髪を指で梳いてやる。すりすりと身体を寄せて俺の手に身を委ねる姿はもうどう見たって猫にしか見えない。
 このまま飼い主でいるのも悪くないが、今は俺も猫になりたい気分だった。
 ナマエの腰を掴み上げソファの上に四つん這いにさせる。リラックスし切っていた彼女は不満げに俺を睨んだが、文句を言ってくることはなかった。
 尻尾の根元を揉んでやれば喉を逸らして吐息を漏らし、肘掛けを掴んで身体を震わせている。よほど気持ちいいらしい。片手で尻尾を掴みながらもう片方で身体を撫で回し、かつてないほどに雑な前戯を終えた後下着に手をかければ、そこは十分過ぎる程濡れそぼっていた。
 性器を押し当てると条件反射のように身を捩って逃げようとする。それを見下ろしているとまた本の記述を思い出して、金髪を退けて白いうなじに噛みついてみた。所謂ネックグリップであり、不動化反射を起こし雌猫を大人しくさせるための行為だ。意味は無いかと思っていたが、猫の気質をいくつか得ているナマエは途端に大人しくなった。これは良い発見をしたな。
 腹に片手を回して挿入すると、細い喉の奥から切なげな鳴き声が聞こえた。分かりやすい反応が益々俺の欲を煽る。そのままの体勢で律動を始めると、いよいよ自分まで猫になったとしか思えなかった。そう意識することがより自分の理性を削ぎ落としていく。普段より制御の利かない動物の本能を好き勝手にさせていたら、いつもより手加減が出来なかった。




 ぐったりしているナマエを浴室に連れて行き身体を清めてやった。部屋に戻ってからいつものようにベッドの上でドライヤーをかけてやる。あらかた乾かし終えてから柔らかい金糸に指を通すと、触り心地の良いそれはさらさらとすり抜けていった。眠そうに欠伸をしていたナマエはくるっとこちらを振り返り、俺が許可するより先に膝に乗ってくる。
「偉くなったものだな。飼い主が呼んでもいないのに」
 とはいえ猫とはそういう生き物だ。構ってやろうとした時にはその気遣いを無碍にし、忙しい時に限って擦り寄ってくる。頭を撫でてやりながら偉そうな猫に本気の欠片もない苦言を呈してやると、ナマエは不思議そうに首を傾げて「飼い主……」と呟いた。
「どうしてそこに引っ掛かる」
 問うても彼女はじっとこちらを見つめて来るばかりだ。「言いたいことがあるならはっきり言え」と重ねて追及すれば、ようやく口を開いて、
「君は飼い主っていうより雄猫じゃないの」
「……」
 冗談を言っているようには見えない真顔で冗談と思いたい発言をされ、さしもの俺も手が止まった。
「さっきの事を言っているなら、いい気になるなよと返しておく。大体あれはお前の反応が悪い」
「……何を言っているのかちょっと分からないけど。元から雄猫の気が無かったら、あんなことをあんなに楽しそうにやらないでしょ」
「……」
「さっきの君、すごく楽しそうだった」
「……」
 図星を指された上に余計なことを言われ押し黙る他なかった。違うと即答したいが先程の事があるので一概に否定出来ない。ナマエはいっそ無邪気とも呼べる表情でこちらを見上げている。尻尾は垂直に立っていた。嬉しい時や甘えている時の証だ。こんな知識不必要だったなと少し前の自分を恨まずには居られなかった。
 早く元に戻ってくれと数時間前とは真逆のことを考えつつ、しかしぴくぴく動く白い耳を可愛らしいと感じてしまって内心頭を抱えた。



20150416


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