ベッドサイドテーブルに載せられたその玩具は、窓から射し込む太陽の光を浴びて一定の速度で反復運動をしている。そして、ベッドに割座したナマエがそれをじっと見つめていた。




 植木鉢から生える顔のついた花が、太陽光からエネルギーを得て左右に揺れるという、数年前に人間界で流行した置物だ。笑顔の花がゆらゆら揺れることで見ているものを癒す効果が期待出来るらしい。可愛らしいとは思うもののどうも態とらしい笑顔が気になって、俺は癒されることはなかったが。当然そんな印象を抱く俺がこれを購入したはずもなく。
 一昨日ユーマとアズサに買い出しを頼んだ時、繁華街全体で開催されていたキャンペーンで当ててきたらしい。俺たち兄弟四人ともこんなものを飾る趣味はなく、けれど捨てるのも勿体無いので、ナマエに押し付けてしまおうということになった。そうして殺風景な彼女の部屋に、パステルカラーのソーラー玩具がやってきた。
 同じベッドの上、少し距離をあけて腰掛け読書をしつつ、横目でナマエの様子を窺う。彼女はここ一時間ほどじっとその玩具を凝視していた。ほとんど身動ぎもせず、いつも眠たげな瞼をしっかりと開いて、更には心なしか赤い瞳を輝かせながら。ネグリジェの裾から覗く白い尻尾が玩具の動きに合わせて左右に揺れている。
「ナマエ」
「ん」
「昨日渡した本、もう読み終わったか?」
「ん」
「どうだった?」
「ん」
「……。晩御飯のリクエストを聞いてやる。何が良い?」
「ん」
「……」
 音は聞こえているが意識の大半を玩具に向けているらしい。生返事な上に会話にもなっていない。普段からぼんやりした奴ではあるが、此処まで話を聞いていないのも珍しかった。
 猫が動くものを夢中になって目で追うのは、動く獲物を捕らえようとする狩猟本能からくるものだ。よく観察して判ったことだが、ナマエは猫耳や尻尾だけでなく猫の本能や性質の何割かも得ているらしかった。元々猫のような気質の女だっただけに、ここまで来ると人型をしている方が違和感を覚えてしまう。
 何はともあれ、ナマエが一心不乱で反復運動を繰り返すだけの奇妙な笑みを浮かべた花の置物を凝視しているのはそういう訳だろう。そんなことを考えていたら、彼女が徐に腕を伸ばして花の顔を指でつついた。一瞬リズムを乱したものの再び元のテンポで揺れる玩具を暫く黙して眺め、また指でつつく。
 それが白い猫が動くものを捕らえようと猫パンチを繰り出す光景と重なって、むくむくと庇護欲が湧いてきた。小動物とはいえ擬似的な狩猟中の動物相手にそんな感情を抱くのはおかしな話かもしれないが、端的に言ってしまえばまあ、可愛かったのだ。
 読んでいた本を脇へ追いやってから、ナマエと距離を詰め細い腰に片腕を回す。そのまま軽く抱き寄せたら、視線をソーラー玩具に注いだまま「んん」とナマエが唸った。
「なに」
「読書に飽きた。相手をしろ」
「悪いけど、私は忙しいの」
 素っ気なく言い放ってから身を捩って逃れようとする。腕に力を込めて更に抱き寄せたら、今度は俺の腕をやんわりと引き剥がしにかかった。
 これも最近になって判ったことだが、半獣化してから彼女の気紛れさに拍車がかかった。以前から俺が構ってやろうとした時には興味が無さそうな顔をしてあしらい、意味の分からないタイミングで甘えてくる奴ではあったが、その頻度と関心の有無の振れ幅が大きくなった。ついでに半獣化してから俺へのあしらい方がかなり淡白になった。以前であれば俺の腕を引き剥がすような真似はしなかったんだが。今では返事もなく尻尾を激しく振るだけで何処かへ行けとあしらわれることさえある。
 何となく苛立ちながらも、強要するほどのことでもなかったから、今回は引き下がることにしておく。飽きたからと言って読書をやめる必要もないわけだし、このまま次の食事の準備まで読書で時間を潰せば良い。
 そう結論付けてナマエの腰から腕を離し元の位置に戻った。ちらりと隣を一瞥すれば、数分前と同じように熱心に花の玩具を見詰めていた。




 それから一時間くらい経った時、ふと肩に重みを感じた。見れば金色の頭がそこにある。ナマエは眠たげに瞼を上下させながら、小さく欠伸をして、すりすりと肩に頬を擦り付けてきた。
「獲物を追いかけるのは終わったのか」
「うん、飽きた」
 ベッドサイドテーブルでは一時間前と変わらないテンポで笑顔の花が首を振り続けている。しかし赤い瞳がそこに向けられることはなかった。
 本を閉じて隣に置き、自由な方の腕でナマエの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに瞼が下りる。金髪の間から生える白い耳を指で摘まんでやると脱力したのか肩にかかる重みが増す。
 先ほどのように彼女の腰に腕を回せば、今度は反抗されなかった。それどころか自ら俺の膝の上に乗り首に両腕をかけて抱きついてくる。それを抱きとめてやりつつ視線をやや下に下げると、床に垂れた白い尻尾がゆったりとしたリズムで左右に揺れていた。
「自分勝手な奴だな。さっき相手をしてやろうとした時は俺をあしらっておきながら」
「ん……」
 肩に頬を押し当てながらのろのろとこちらを見上げたナマエは、両腕の力を緩めて少し身体を離したかと思うと、次の瞬間には俺の鼻頭にちゅっと唇を落とした。予想外の出来事に面食らう。
「……なんだ今のは」
「コウが、ルキが不機嫌な時にこれをすれば、機嫌が治るだろうしやってみなよって言ってたから」
「……」
「まだ怒ってる?」
「……今更こんなことで怒ったりしない」
「そう?」
 俺の動揺を知ってか知らずかナマエはこちらを凝視してくる。赤い瞳に先ほどまで花の玩具に向けられていたのと同じような光を感じ、内心を悟られないよう彼女の頭を掴んで自分の肩に押し付けた。白い耳を指で摘まんで弄ぶ。余計なことを言う前に早く寝てしまえと念じながら。幸いにして俺の目論見通り、彼女は条件反射のようにあっさり眠気を催して瞼を閉じた。数分して微かな寝息が聞こえてきてやっと胸を撫で下ろす。
 安心し切った寝顔を見下ろしながら髪を撫でてやると、微かに吐息を漏らし距離を縮めるように頬をすりすりと擦り付けてきた。無防備かつ素直に甘えてくるその姿に胸の辺りが満たされる。
 俺が構ってやろうとした時にはにべもなくあしらい、そのくせ読書に集中している時に甘えてくる自分勝手さには怒りを通り越して呆れる他ないが、身体を擦り寄せ甘える姿は庇護欲を擽られてしまうものだから、結局全てを許してしまう。
 壁に掛けられた時計を見上げればあと三十分程でキッチンに行かなければならない。けれどこうなったナマエは中々起きないし、気持ち良さそうに眠る彼女を起こすのも気が引ける。この調子だとまた弟たちに食事の用意を任せることになってしまうなと申し訳なさを感じつつも、やはり彼女を起こすという選択肢は無かった。




20150411


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