ナマエの頭に猫耳が生え、腰からしっぽが生えてから数日が経った。言葉にしてみると非常に奇妙な出来事であるが、ナマエは猫の姿になってから寧ろ本来の姿を取り戻してきているかのような、そんな錯覚を覚えさせるほどにその姿が似合っていた。
今のところこれらが消えて元どおりになるような気配は確認できてない。ナマエもまたそれを気にしていない様子で、今もいつものようにソファに座りながらルキに勧められた本を読んでいる。そんなナマエの隣でルキも本を広げてはいたが、頭ではナマエの少し眠たそうに垂れている猫耳と目の端でゆらゆらと動く尻尾について考えていた。
ルキからしてみれば自分の身体の異常な状態を気にかけないどころか、まるで最初からあったかのようなナマエの態度は理解出来ないものであるし、元に戻れるのであればその努力はして然るべきだとしていた。しかしそれをナマエに言ってみたところで返ってくる言葉は「今のところ害はないし、別に気にすることはないでしょ」といった楽観的なものばかり。まるで自分を顧みる様子がないのだ。
結局そんなやる気のないナマエに代わってルキがその半獣人化の原因を探ってはいるものの、如何せんその謎の現象に関する情報が少なすぎる。吸血鬼が半獣人化するなど前代未聞の事態だ。ナマエの行動も逐一観察してはいるが、猫のような奴が更に猫に近づいたという印象を抱く程度で、この状態を解決する糸口は未だに見つかっていなかった。


「…ルキ、そこの本取って」

「ん?……ああ、ほら」

「ありがとう」


思考を巡らすルキとは裏腹に普段どおり過ごすナマエから不意に声が掛けられ、ルキはナマエの方に振り返った。先程まで読んでいた本をいつの間にか読み終わっていたらしい。もっと言えばつい三時間ほど前にルキが渡した本をナマエは全て読了してしまったようで、渡した本が読まれた順に裏表紙を上にして重ねられている。それを見てナマエが何故自分に声を掛けたのかを理解したルキは自分で読むつもりで机に積んでいた本の一番上の本をおもむろに手に取り、催促するナマエの右手に手渡した。
ナマエはルキから本を受け取りながら礼を述べ、表紙を開く。目次をぱらぱらと飛ばしていくのがルキの目の端に映りそのままその本を読み始めるかと思っていたら、話の始まる最初のページを開いたところでルキの方に顔を擡げ、思い出したように問い掛けてきた。


「本、読まないの?」

「…読みたいのは山々だが、お前のその状態を気にしない訳にはいかない。それに、俺はお前のように事を脳天気に捉えるつもりもないからな。次にお前を見た時に身体が完全に猫になっていても困る」

「……ふうん」


ルキの回答に納得したのかどうか分かりかねる相槌を打ち、ナマエは本の方に視線を戻した。もうルキの方を向く気はないらしい。
そんなナマエからの問いかけに「事を脳天気に捉えるつもりはない」と答えたはいいものの、ルキはこれ以上自分一人で何を考えたところで事態はそう変わらないことを薄々理解し始めていた。分からないことを全くの手探りで考えても意味が無い上に、真偽を確かめる方法もない。それのせいで頭を悩ませるのは非効率だった。
そんなことで躓くぐらいなら、まだ気を抜くことはできないが、数日経っても何も変わらない現状にいい加減順応していくほうがストレスも少なくて済む。それに大きな猫を飼っていると思えば可愛いものだと、ルキは知らずのうちに口元に笑みを浮かべた。
そうとなれば先程まで一体自分は何に頭を悩ませていたのかと急に馬鹿馬鹿しくなり、ルキは自分の膝に広げていた本を読もうかと視線を落とした。
しかしその本は一度読んだことのあるものを読み直していただけということを思い出し、ものの数分で閉じることになってしまった。よく見れば自分が読むために机に積んである本はそんなものばかりで、一体何故そんな本ばかり選んでしまったのかとルキは過去の自分が解せなかった。
一方ナマエに適当に渡した本も例に漏れずそうであったが、あれが今手元にある本で一番内容としては面白味のあるもので、丁度ナマエに貸す前に読みなおそうと思っていたものだった。一度読み終わったという条件ではどちらも同じだったが、ルキが大して興味をそそられないそれとナマエに貸そうと思っていたそれとではどちらを読むほうがが有意義な時間を過ごせるかは考えるまでもなかった。


「……なに」

「俺が持ってきた本の中で一番面白いのがその本だからな。一緒に読むだけだ。ページは勝手にめくれ」

「…分かった」


なに、とナマエは本から視線を逸らすことなくルキに訊いた。訊かれるのも無理はない。
今ルキは本を読んでいるナマエを抱き上げて自分の足の間に座らせ、ナマエの肩口から彼女が手にしている本を覗きこむ体勢をとっていた。ナマエが逃げるとも考えていないが手持ち無沙汰な腕はナマエの腹に回され、ナマエは身動きが取れない。
しかし大して邪魔とも思っていないのか半形式的に質問をするだけでナマエは納得し、ルキに抱き上げられた時もルキの言い分を聞いている最中も読み続けていた本のページをめくった。

体勢が変わることはなくそのままナマエのペースに合わせて後ろから本を読んでいたルキの脚に、ふと何かナマエと同じ体温のするものが触れる感触があった。何かと思い少し視線をずらしてみると、脚にナマエの尻尾が軽く巻き付いているのが見えた。
何気なしにルキが尻尾に触れると、尻尾がぺしっと嫌そうにルキの手を振り払い、またルキの脚に巻き付く。ルキはそれを三度繰り返したが中々素直に触らせるつもりはないらしく、心なしか最初に触ったときより少し尻尾が力んでいる気もする。
ただ、当の本人であるナマエは我関せずと尻尾に見向きもしない。変わらぬペースで本を読んでいる。ルキはもうこの際尻尾を思い切り握ってやろうかとも考えたが思い直し、今度は頭にある耳を指で撫で始めた。
これはここ数日ルキが色々試して学んだことだが、どうやらナマエは耳を撫でられると無条件に睡魔に誘われるらしい。基本いつでも眠たそうにしているナマエだったが、ルキが抱き寄せる前から眠たそうに耳を垂れさせていたナマエにその効果は覿面だった。


「………ん……」

「…眠くなってきたか?」

「……んー…」


程なくしてナマエの頭がうつらうつらと揺れ始め、ページを捲る手も止まった。問い掛けるまでもなく眠たそうにしているナマエは重たくなった目蓋でゆっくりと二度瞬きをすると、ルキに背を預けそのまま目を閉じた。
ルキは半分寝かせるつもりで耳を撫でていたが、このままの体勢だと動いたときにナマエの身体が床にずり落ちる可能性もある。自分が動ける範囲も少ないと考え、ルキはナマエの持っていた本を取り上げ座っているソファに置いてからナマエの身体を抱き上げ、自分の足の上に座らせ向かい合わせの体勢にさせた。
体勢を変えられたことによって睡眠を妨害されたナマエは若干眉を寄せたが、体勢自体はお気に召したらしい。ルキの首に腕を回し左肩に頭をすりすりとすりつけ、小さく唸りながらまた目を閉じた。
ルキは寝てしまったこの大きな猫をどうするか考えたが、ベッドまで連れて行くのは億劫だった。なら食事を作る時間までこの体勢で本を読もうかと、先程ナマエから取り上げ傍においておいた本を手に取り読むのを中断したページを開く。するとまだ寝ていなかったのか、ナマエがゆっくりとルキを見上げた。


「……ねえ、ルキ」

「なんだ」

「耳、さわって」

「……寝れないのか?」

「…寝れるけど、君に触ってもらえたらよく寝れそうだから。……おねがい」

「………はあ…」


掠れた声で、切なそうな顔をしながらナマエはルキにそう強請った。言ってからナマエはゆるゆるとルキの左肩に額を置き、さっきよりも力なく頭をすりつける。
ルキはナマエのそんな態度に一瞬驚くように固まり、取ってつけたような溜め息を吐いてから無言で開いた本を閉じた。
閉じた本を傍に置いてから左手は背中に回し、右手で猫耳の感触を楽しむように頭を撫でてやると、やがて規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。今度はちゃんと寝たらしい。
低い体温の猫耳が垂れ下がり、尻尾も力なく自分の脚に絡めて安心した様子で寝るナマエにルキは、もうあと二時間もすれば食事の準備をし始めなければならないのにこの調子では起こすときもぐずられそうだとまた溜め息を吐いた。
いっそのこと揺り起こしたりベッドに連れて行ったりすれば身体の自由も利くようにはなるが、寝ているナマエを相手にするのは骨が折れる。仕方がないからもう暫くはこうしていてやろうと、ルキは左手でナマエの頭を撫でながら右手で器用に本を読み始めた。



end
―――

急いで書いたから適当感やばい。安直なタイトルは笑わないでください…。
しかしルキくん、君は一体誰なんだ。


20150403


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -