浴室で自分の身体を確かめさせたのだが、ナマエは一瞬「へえ」と物珍しそうに鏡を覗き込んだかと思えば、次の瞬間には興味を失くしたように欠伸をしていて、危機感が足りな過ぎるんじゃないかと呆れた。こいつらしいと言えばこいつらしいが。
 冷静を装いながらも非現実的な現象に動揺している俺とは対照的に、半獣化した当人はそんなことなど何処吹く風で、普段より些か早い起床のせいか眠たそうに頭を揺らすばかりだ。何故本人よりも俺が頭を抱えなければならないのか甚だ疑問だし、このまま放置してやっても良いのではと投げやりな考えも湧いたが、当然そんなことが出来るはずもなく、結局俺だけが頭を悩ませながら、寝呆けて返事も曖昧なナマエから話を聞き出す羽目になっていた。
 頭に直接くっ付いている白い猫耳と、服の裾から垂れ下がっている同色の尻尾以外身体の表面に変化は認められない。匂いも普段と別段変化がなく、試しに血を吸ってみたが味に変わりはなかった。本人に訊ねてみたところ体調に異常もないらしい。
「一応訊いておくが、起きたらそんな間抜けな姿になっているような心当たりは?」
「無い、って、ずっと一緒に居た君になら分かってるでしょ」
「まあ、そうだな」
 基本的にトイレや風呂以外では四六時中同じ部屋で生活している。ここ数日の記憶を探ってみたが、猫耳と尻尾が生えるなどという奇怪な現象を引き起こしそうな出来事なんて無かった。猫耳で連想されるものと言えば昨夜の猫耳カチューシャだが、コウが仕事で貰ったという、プラスチックの安っぽい何の変哲もないジョークグッズを着けたからと言って、翌朝起きたら本物の猫耳が生えていたなどという珍事が起きるはずがない。
 いくら考えてみたところで原因も解決策も見つかりそうにない。望みは薄そうだが、過去に同じ事例が無かったか本の記録を頼るしかないだろう。調べるとすればカールハインツ様の治める楽園内の、この世の全ての書物を収容していると言われる図書館しかない。しかし楽園に行くにはあの方の許可を得なければならない。後で使い魔を飛ばしておこう。
 と、考えを纏めたところで、ふとベッドの縁に座るナマエを見て疑問が湧いてきた。
 彼女の寝間着はワンピース型の質素なネグリジェなのだが、細い尻尾はその裾から垂れている。猫耳の方は直接頭皮から生えていたのをこの目で見たが、では尻尾の方は?
 未だ眠たげに欠伸をしているナマエに命じてベッドの上で割座をさせ、自分もベッドに乗って彼女の背後に回る。そして寝間着の裾をめくってみた。尻尾は下着の中から伸びていたので、下着を軽く引っ張って中を覗き込む。
「……こうなっているのか」
 尾骨辺りから尻尾が生えていた。なるほど人間に尻尾があった頃の名残と言われるだけはある。猫耳は直接頭皮から生えているとはいえ髪に隠れて根元が見えないから良いものの、尻尾はそうもいかない。肌色の背中と臀部の間から白い毛むくじゃらの尻尾が生えているというのは、奇妙としか言い様のない光景だった。
 普段はフレアスカートの下にタイツを穿くことの多い彼女だが、この位置に尻尾が生えている以上当分タイツは穿けそうにない。下着も尻尾には窮屈だろうが、その点は我慢してもらうしかないか。
 などと、本来であれば当人が考えるべきことに思考を巡らせながら、ふと思いつきで尻尾の根元に指で触れてみる。人型の生き物の肌から体毛の濃い尻尾に繋がる境目はやはり奇妙だ。擽ったいのか尻尾がぴくりと動いている。動くものを捕まえたいという原始的な衝動が湧き上がり、ふと尻尾の根本を掴んでみた。すると、服を捲られ下着を脱がされかかっても一切反応しなかったナマエの肩が揺れた。
「どうした?」
「……ううん」
 端的な否定と共に首を振るものの、俺が尻尾の根元を触る度に肩が揺れる。まるで何かに耐えているようだ。珍しい反応が面白くてつい尻尾を揉むように触ってしまいながら、ふと猫にとって尻尾の根元とその周辺は性感帯だということを思い出した。なるほどな、と納得しながら後ろからナマエの表情を窺ってみれば、案の定無表情の中にほんの少しの困惑を滲ませ、眉を寄せて耐えているらしい。心なしか白い三角の耳も伏せられている。
「尻尾の根元を掴まれるとどんな感覚がするんだ?」
 強弱をつけながら揉むように尻尾に触れると、肩が一際大きく揺れて、閉ざされた唇の向こうから聞こえた声にならない声は、情事の時の彼女を想起させた。
「ナマエ、答えろ。どんな感じがするんだ」
「ん……背筋がぞわぞわ、する」
「ぞわぞわ、な」
 半獣化なんて奇怪で面倒な事が起きて頭が痛かったが、案外これも悪くないかもしれないと思い始めていた。表情の変化に乏しい彼女の顔より耳や尻尾のほうがよほど素直かつ分かりやすく反応を示してくれる。
 内心ほくそ笑んでそんなことを考え、小刻みに震える身体と白い耳を背後から悠然と眺めながら、彼女が耐え切れずに振り返って制止してくるまで思う存分尻尾を触り続けてやった。



20150411


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