「……」
 ルキは神妙な面持ちで右手に掴んだそれを見下ろしていた。布製の白い猫耳がカチューシャに縫い付けられている。当然ルキにこんなものを着ける趣味はないし、これを渡してきたコウの意味ありげな笑みもこれを身に着けるべき女を示唆していた。猫耳属性などという妙な性癖を持ち合わせていないつもりのルキだが、単純に好奇心が勝って彼女の部屋まで来てしまっていた。
「おいナマエ、顔をあげろ」
 短く命令すれば本に視線を落としていたナマエが顔をあげてルキを見上げた。赤い瞳がなに、と用件を問うている。それには応えず彼女の金色の頭にカチューシャを着けてみた。一歩下がって白い猫耳が生えたナマエを眺める。
 端的に言ってとても似合っていた。元々色素の薄い金髪に白い猫耳はよく映える。彼女の気質が猫に近いこともあいまって、まるで産まれた時からその耳が生えていたかのような違和感のない光景だ。幻覚でゆらゆらと揺れる白い尻尾まで見えそうだ。あんまりにも似合っているので興味が湧いてきた。
「なあ、ちょっと鳴いてみろ」
「……?」
「猫みたいに『にゃあ』って。ほら」
「……。にゃあ」
 怪訝そうな目をしながらも素直に従った。しかし可愛らしい鳴き声と反対にその表情はいつもの冷たい無表情である。ルキはこれは違うと確信した。こういうのは恥じらいを持って鳴くから可愛いのであって、仏頂面で無愛想なこの女に可愛げなどを期待する方が間違いだったのだ。先ほどと違う意味で神妙な面持ちになったルキは無言でカチューシャを外した。赤い瞳が彼の手に収まったそれを見て不思議そうに二度瞬く。
「それ、君の趣味?」
「俺がこんなものを買うはずがないだろう。コウが寄越してきたんだ、仕事で貰ったらしい。愛玩動物の耳でも着ければ少しはお前にも可愛げが出るかと思ったが、俺の思い違いだったようだな」
「ふうん」
 素っ気ない相槌を打ったナマエはじっとルキの手の中にある猫耳を見つめたあと、徐に手を伸ばしてそれを取り上げた。ルキが様子を見守る中ナマエは立ち上がる。そしてルキが避ける間も無く彼の黒い頭にそれを着けた。白い猫耳を生やした男は不愉快そうに眉を寄せる。
「……何のつもりだ」
「君の方が似合うと思って。ね、さっきみたいに鳴いてみてよ」
「……」
 形のいい眉が一層強く寄せられたが、威圧感のある表情に怯えもせずナマエは「ね」と小首を傾げながら催促する。カチューシャを外しこの話は終わりにして部屋を出て行こうかと一瞬思案したが、ほんの気紛れで「にゃあ」と鳴いてみた。次の瞬間ルキはやめておけば良かったと後悔した。普段はほとんど表情を変えないナマエが口元に手を当ててくすくす笑い始めたからだ。
「うん、似合ってるよ。……可愛いね」
「……今すぐその口を縫い付けてやろうか」
「どうしてそんなに怒っているの。嘘はついてないんだけど」
 それはそれで問題だった。猫耳を着けて可愛いと称され喜べるほどルキは無邪気でも変態でもない。そして不機嫌なルキを楽しげに笑って見上げるナマエに苛立ちが助長される。ルキは腹立たしそうに舌打ちして猫耳カチューシャを毟り取った。
「ああ、勿体無い。可愛かったのに」
「それ以上戯言をほざくようなら本当にその口を縫い付けるからな」
 プラスチック製のカチューシャはバキバキと音を立ててへし折られゴミ箱に投げ捨てられた。




 そんな事があった翌日。
 ルキが目を覚ましいつもと同じように自分に背を向けて眠るナマエを見ると、金色の頭に白い何かが生えていた。一瞬思考が停止し、慌てて彼女を叩き起こす。
「なんだそれは」
「それって?」
 異変に気付いていないらしい。白い三角の物体を観察すればするほどそれは猫耳だった。ルキが金色の頭に手を伸ばして触れてみると、それは低いながら温度を持っていて、柔らかく、とても作り物には見えなかった。まさか昨日のカチューシャを着けているのかと思って寝癖のついた金髪を掻き分けて見たが、それらしきものが見当たらない。猫耳の根元を確認すればどう見てもそれは頭に直接生えているものだった。
「何がどうなってるんだ……」
 呆然とルキが呟くと安眠を妨害されてまだ眠たげなナマエが欠伸をしていた。人の気も知らずに呑気なものである。混乱の最中でも冷静な思考が出来る彼は取り敢えず本人に事態を理解させようと、ナマエの手を引いてバスルームに連れて行こうとした。が、立ち上がった彼女を見て今度こそ絶句した。
 猫耳と同じ色の尻尾が地面に向かって垂れていたのだ。頬を引き攣らせるルキをナマエの赤い瞳が不思議そうに見上げ、それに合わせて尻尾が左右に揺れていた。
 こうしてナマエの半獣化生活が幕を開けた。



20150330


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