朝起きると、いつも通りルキが髪を梳き始めた。寝癖を撫でつけながら数分かけて櫛を通していく手つきは異様なまでに丁寧だ。
 その日課の最中、もうとっくに支度を済ませたあの子が部屋にやってきて、ルキの隣にちょこんと座り、その日課をにこにこと眺めていた。やがて小さな手が伸びてきて、横の髪を一房救いあげ、もう片方の手で指を通した。そこには満面の笑みが浮かんでいた。
「母上の髪、柔らかくて手触りがよくて、大好きです」
「そう」
「僕も母上の髪梳いてみたいです。父上、良いですか?」
「……構わないが」
 気配で背後のルキがあの子に櫛を手渡したのがわかった。たどたどしい手つきで櫛を通される。隣からルキが軽くレクチャーしていた。普段の何倍もの時間をかけて櫛を通し終わり、正面に回り込んできたあの子は、やはり溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
「母上の髪、櫛で梳かすといい香りがしますね!」
「……そう」
「……お前、今ので照れたのか」
「うるさい」




 次の日からあいつは毎朝やってきて、俺から櫛を受け取り、ナマエの髪を梳かすようになった。最初はたどたどしかった手つきも回数をこなせば慣れたものに変わり、数日すれば俺より早く彼女の部屋にやってきて櫛を通すようになっていた。
 俺は乱れた姿で屋敷を歩かれるのが嫌で仕方なくしていたのだが、あいつは何がそんなに楽しいのか終始にこにこしながら櫛を動かしている。金糸を掴んで匂いを嗅いでいるのをよく見かける。それを目当てに来ているのかと思うほどだ。確かに彼女の髪は微かに甘い香りはするが、そうまでして嗅ぎたいものか。
 日課を奪われた俺はといえば、長年の習慣で毎朝彼女の部屋に行くものの、あいつが髪を整えるのをじっと待つ他なくなった。正直言って暇だし時間の無駄だ。厄介事を進んで取り組む代わりが見つかったのだから空いた時間を有効に使えばいいのに、身体に染み付いた習慣のせいで気がつけば彼女の部屋に行ってしまうのだから、我ながら溜息を吐いてしまう。
 髪を梳き終わったらあとは不本意ながら俺の役割だ。彼女の寝間着を脱がせて部屋着を身につけさせる。流石にあいつもこれは手伝えないらしい。
「あいつは随分楽しそうに髪を梳いているな。俺には理解出来ない」
 服を着るのを手助けしながら言えば、斜め右下の方をぼんやり見ながら金色の頭が軽く上下した。
「私も不思議だよ。何が楽しいんだろうね」
「されているお前はお前で楽しそうに見えるが」
「まあ、嫌ではないよ」
 正面から見下ろし、手触りのいい金の髪を一房手に掬う。あいつに倣って鼻を近づけてみれば微かに甘い香りがした。一度だけ唇を落としてみる。
「ああ、そっか、そういえば最近君にやってもらってないね」
 掬った髪にもう片方の手で指を通していくと、赤い瞳が気持ち良さそうに伏せられた。
「もしかして、自分の日課が取られて嫉妬してる?」
「嫉妬だと? 寝言は寝て言え。むしろ面倒事が減って清々している」
「そう、残念」
「残念?」
 赤い瞳が細く開かれ、こてんと首を傾げながらこちらを見上げた。
「やっぱり私は君にやってもらう方が落ち着くからね」



 一昨日の昼、父上が「暫くナマエの部屋に来るな」と言いました。特に夜はと強く念押しされ、最近になってやっと母上と夜一緒に寝ることが出来るようになったのに、と僕は落胆しました。ついでにその時から母上とお話出来る時間が目に見えて減りました。四六時中父上が母上に付き添っているからです。
「コウさん」
「ん、なあに?」
「どうして僕は母上と寝てはいけないんでしょうか?」
「あー……ほら、ルキくんが怒るから」
「どうして母上と寝たいだけなのに、父上は怒るんでしょうか。僕、何か悪いことしてますか?」
「いや、きみは全然悪くないよ。ただほら、君のお父さんとお母さんは……ほら、仲良ししてるから。邪魔しちゃダメじゃん?」
「仲良し?」
「そう、仲良し」
 そう言ってコウさんは意味深な笑みを浮かべました。




 ほんの微かに身体の奥に何かが当たる感覚がして思わず身震いすると、それを逃亡と受け取ったのか、咎めるように首筋に唇が降ってきて、そのあと鎖骨から顎下に向かって舌が這っていった。片腕で頭を抱え込まれ、唇が耳朶を食む。僅かに乱れて熱を持った息がかかってくすぐったい。身を捩らせて逃げようとすると、脚が絡んできて阻まれる。もう二度も出したというのに、彼はちっとも終わる気配を見せなかった。
「こんな早くから……君、頭でもぶつけてきたの? どうかしてるよ」
 まだ日付が変わるには数時間残っている。あの子だって起きているだろう。いつ私を訪ねてこの部屋へやって来るか分からない。親としての自覚はともかくとして、教育者としては比較的まともな考えを持っている彼が、こんな時間から平然と子供に悪影響が出そうな行為に及んでいるのが何とも妙だった。本当に頭をぶつけて理性が壊れたのではないかと心配になってくるほどだ。けれど彼は私の言葉に反応せず、太腿を抱えて膝頭に唇を落とした。
 妊娠が判明してから出産するまでこういう行為は一切しなくなった。元々何故行為に及ぶのか、私はおろか彼自身でさえ分かっていなかったくらい、この行為は不必要なものだから、別にしようがしまいが私にとってはどうでもよいことで、出来ることなら疲れるからしたくないとさえ思う。出産の後も、彼はほんのたまに暇潰しのように仕掛けてくるだけだったというのに、ここ最近は毎日こんな様子だ。まるで盛りのついた猫のような、馬鹿みたいな頻度と回数だった。
 彼も私も割合ストイックな気質であるし、性欲など殆ど抱いたことがない。だから、こうまで執拗にされ、毎度中を穢されていると、流石に彼の意図を悟らざるを得ない。
 簡単に言ってしまえば二人目の子供を作ろうとしているのだ。
「君、別に自分の子孫が欲しいわけじゃないって、言ってたよね」
「ああ」
「じゃあ、なんで、二人も要るの」
 何気無く訊いてみると、彼は律動をやめて数秒黙り込んだ。
「俺に血の繋がった兄弟はいない」
「……?」
「それを不満に思ったことも、不自由だと感じたこともないが、遊び相手を探すのに苦労した覚えはある。どうせなら同じ年代の遊び相手が居た方がいいと思ってな」
「ふうん」
 嘘だ、と直感した。いや、正確には「それも理由の一つだけれどそれが全てではない」だ。これは建前で、本音は別のところにある。とはいえこの様子だと訊いても教えてくれそうにないし、問い質してまで聞きたいとも思わない。私に拒否するという選択肢はないのだから、彼が二人目の子供を作ろうとしていることを肯定した以上、私はそれに付き合う他ないのだ。
「それに少々甘やかしすぎた」
「そう?」
「あの歳になってまだ母親を恋い慕っているのがその証拠だ。弟か妹が出来れば、そいつの世話をしているうちに多少は大人びるだろうからな」
「もう充分大人びてると思うけど」
「お前の考え方が甘いだけだ」
 本当にそうだろうか。吸血鬼の肉体の成長と平均的な知能については詳しくないけれど、あの子は恐らく平均を遥かに超えて理性も思慮も知能も備わった子供だ。充分どころか十二分と言ってもいいほどに。それはルキの方がよくわかっているはずなのに、私の言葉を強く否定するのが不思議だった。
 首を傾げていると思考を中断させるようにぐいっと奥を一突きされ、思わず息が漏れる。顎を掴んで視線を合わせられ、親指が下唇を撫でていく。
「ほら、無駄口を叩いていないで集中しろ」
「ん……」
 唇を合わせられ、同時に律動が始まった。大きな背中に軽く手を添えると、応えるようにより奥を抉られた。ふたり分の体液が混ざり合って中から溢れ出し内股を汚していく。
 あの子ができた時は子供を作るつもりなんて無かったし、酷い言い方だけれど私からすれば事故みたいなものだった。それなのに今はそれを目的に行為をしている。不思議な気分だった。
「集中しろと言ったはずだ」
「あっ……ん」
 低い声で詰られ、また思考を中断させるように、今度は首筋にキバを穿たれる。肉を深く深く抉られ、鋭い痛みが痺れと共に広がっていく。ベッドに背を預けているはずなのに、奈落の底へ落ちていくような浮遊感を覚え、縋るように覆いかぶさる身体にしがみついた。
 それから間も無く三度目が終わった。




「父上と母上が『仲良し』してるから邪魔しないようにね、とコウさんに言われたのですが……。昨日母上の部屋の前を通りかかったら母上が泣いているような声が聞こえたんです。もしかして父上と喧嘩してらっしゃったんですか?」
「喧嘩はしてないよ」
「じゃあ無事に『仲良し』出来たんですね!」
「まあ……そうなるのかな」
 きっとこの子はその単語が意味する行為なんて知らないんだろう。単語が醸し出す楽しげで優しげな雰囲気からどんなものを想像しているのか。あんなただいかがわしいだけの行為を『仲良し』だなんて柔らかい言葉で覆い隠すコウのセンスに笑ってしまいそうになる。
「あれ? 母上、首のところ痣が出来てますよ。何処かでぶつけてしまわれたんですか?」
「ん……?」
 近くの窓ガラスで指差された先、首と鎖骨の間あたりを見ると、確かに痣があった。どう見ても鬱血痕だ。珍しい。吸血以外しない人なのに。
 痣を見て黙り込んだ私に何を思ったか、あの子は不安そうな顔で眉尻を下げた。
「母上……『仲良し』って何なんですか? 怪我が出来るような危ないものなんですか?」
 賢い子供だと思っていたけれど、こんなところは純粋なようだ。子供らしい一面が可愛らしくなって、その柔らかい頬を撫でてやった。
「さあ、何だろうね。気になるならルキに訊いてみるといいよ」




20150206


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