※GL的表現注意
※逆巻長女十八歳


   1

 ナマエちゃんは不思議な人だ。

 色素の殆ど抜けた柔らかそうな金髪、深く暗く血のような紅い瞳、蝋を溶かして形作ったようなすべすべで真っ白で透き通った肌。逆巻兄弟を見ていると吸血鬼は皆顔が整っているように思えるけれど、ナマエちゃんは特にそうだと思う。中性的で、まるで作り物みたいに完璧な造形だ。
 けれど目をひくのはそれだけじゃない。彼女の醸し出す雰囲気が、わたしの心を掴んで離さない。彼女を初めて見た時、神様が人々の信仰のために創り上げ遣わせた使者なんじゃないかと思った。そんな空気が彼女の周りに漂っていた。
 無機質で、完璧過ぎる故に命の気配がしない、それどころか見ているだけで「死」の香りがしてくる人。同じ空間に居るだけで本能の奥深くがじりじりと焦がされるような危機感を覚える。ナマエちゃんの「死」の空気に呑まれてしまうのではないかという、恐怖心。
 きっとわたしが話しかけて良い人じゃない。安易に関わったらその空気に呑み込まれて、深い闇の底へ落ちてしまうだろう。それなのに、興味を持ってしまう。惹かれてしまう。そんな不思議な魅力を持った人。
 逆巻兄弟と違って、同性だからか、それともわたしの血に興味がないのか、此処に来てからの一ヶ月間一度も話しかけられていない。何もしなくても勝手に向こうからやってくる三つ子とは大違いだ。
 廊下ですれ違ってもわたしの存在なんて無いような態度で、見た目通り冷たい人なのかと思うけれど、やっぱり興味は失せなかった。
 それに、不思議な魅力への興味だけじゃない。折角この屋敷でわたし以外に唯一いる女の子なんだから、仲良くしたいって思うのは当然の感情だと思う。
 わたしから話しかけないと関係は進展しないだろうけれど、ナマエちゃんの醸し出す空気は色んなものを拒絶していて、容易に近付く事が出来ない。
 仲良くなるために、何かとっかかりはないかな。わたしは頭が痛くなりそうなほどそれを考えていた。


   2

 わたしと話さないどころか他の逆巻兄弟と話しているところも殆ど見たことがない。あの面倒くさがりで他人と関わろうとしないシュウさんですら兄弟とはそれなりに会話をしているというのに。
 学校に向かうリムジンの中、窓の外をぼんやりと眺めていたナマエちゃんの姿を思い出す。

「ねえアヤトくん。ナマエちゃんってどんな人なの?」
「……んだよ突然」

 隣に座るアヤトくんにそう訊けば、訝しげにわたしの顔を伺ってくる。

「屋敷で暮らし始めてから一度も話したことないし、皆ともあんまり話してないみたいだから、不思議な人だなって思って」
「ふうん?」
「だから、ナマエちゃんってどんな人なんだろうなって」
「見たまんまの奴だぜ。ノリわりーしずっとだんまりしてやがる」
「でも一緒に暮らしてるんだから会話くらいするでしょ?」
「オレはあんまりねえな。あいつのことならオレよりカナトか、あとはシュウかレイジに訊いた方が良いと思うぜ」

 アヤトくんは何だかうんざりした様子で、これ以上ナマエちゃんの話をしたくないように見えた。不思議に思って彼の顔をじっと見ていると、居心地悪そうに舌打ちしたあと、

「(ナマエの野郎見てるとあいつのこと思い出して気分悪ぃんだよな)」
「え? なに?」
「何でもねーよ」

 アヤトくんはそれきり黙り込んでしまった。


   3

「ナマエがどんな人か、ですか」

 アヤトくんに助言された通り、今度はカナトくんに訊いてみることにした。
 カナトくんは右腕でぎゅっとテディを抱いていて、左手は人差し指を顎の辺りにあてて考える素振りをしている。うーん、と男の子にしては少し高めな声が唸って、

「蝋人形みたいな人です」
「……それはどういう意味で?」
「見た目も中身もです。ナマエを見てると何だかすっごくムカついてくるんですけど、不思議と僕のコレクションに加えてやりたいなって思います」
「コレクション?」

 コレクションって何のことだろう、と不思議に思ったけれど、カナトくんはそれを教えてくれず、何かを思い浮かべた様子でふふふ、と笑うだけだ。

「ナマエがどんな人かだなんて、どうしてそんなことを訊くの?」
「……仲良くなりたいから、かな」
「ハッ、君が?」

 今度は両腕でテディを抱いて、カナトくんは紫色の瞳を細めてわたしの身体をつま先から頭の先まで舐め回すように見た。それから胸の辺りを凝視して、

「やめておいたら? ナマエの隣に立ったら君の貧相な身体が目立ちますよ」

 言い過ぎだと思う。


   4

 またアヤトくんの助言に従って、今度はシュウさんのところにやってきた。リビングのソファで完全に寝る体制に入っているシュウさんに声をかけた。
 眠そうに掠れた声が返事を返してくる。

「……ナマエが何」
「どんな人なのかなって思いまして」
「んなこと俺に聞かずに自分で確かめたら? その方がよっぽどわかりやすいと思うけど」

 そう言われてしまえばその通りなんだけど、それが簡単に出来れば苦労はしない。話しかけたいのにナマエちゃんの空気がそうさせてくれないのだ。わたしが臆病なだけなんだけど。
 シュウさんが黙りこくったわたしに鬱陶しそうに舌打ちする。

「話しかけにくいって?」
「……はい」
「なら関わるなよ。自力でどうにか出来ないからって他人に頼ろうなんざふざけてる」

 それだけ言うとシュウさんはわたしに背中を向けてしまった。
 確かにその通りだ。それに、わたしだって自分の知らないところで自分のことを訊かれていたらあまり良い気はしない。たとえそれが仲良くなるためだとしても。
 外堀から埋めて行くような今のやり方は卑怯だし、真正面から関われないならそもそも関わるべきじゃない。
 けれどナマエちゃんに惹かれる気持ちは収まらなくて、諦められなくて、その場でじっとしていたら、シュウさんが深い溜息を吐いたのが聞こえた。まだ寝ていなかったみたいだ。

「あいつには半分人間の血が流れてる」
「……え?」

 シュウさんがこちらを向いた。
 冷たい青い瞳がわたしを見ている。位置的にはシュウさんの方が視線が下なのに、見下されているような錯覚がして、言い表しがたい威圧感に冷や汗が背中に滲んだ。
 そんなわたしを見透かしたようにシュウさんは鼻で笑って、

「どう? あんたがあいつに近づき易そうなネタだろ?」
「……」
「あんたさ、周りの奴にナマエのこと聞いて回るってことは、話のきっかけでも探してんだろ? それってナマエの弱点探してるのと大差ないんじゃないの。打算に満ちてて醜いな、あんたらしいけど」
「……そんなつもりは」
「ま、どうでもいいけど。望み通り教えてやったんだからもう話しかけてくるなよ、五月蝿いから」

 再び寝返りをうってシュウさんはわたしに背を向けると、すぐに寝息を立て始めた。


   5

 シュウさんに言われたことが頭の中でぐるぐる回る。
 わたしはナマエちゃんと仲良くなるきっかけを探していただけだ。それは例えば趣味であったり、好きな本や音楽であったり、その程度のことでもよかった。何か共通の話題があれば話しかけるきっかけになる、ただそれだけ。
 シュウさんにナマエちゃんには半分人間の血が流れていると聞いて、心の中で喜んでいる自分がいた。半分人間なら、逆巻兄弟よりは人間に近いはずだと。これで話のきっかけが出来たと。
 けれどシュウさんの言うとおりその事実はナマエちゃんの弱味なのかもしれない。皆のお母さんたちが三人とも吸血鬼というのは知っていた。だったら、純血の吸血鬼たちの中で暮らしていたナマエちゃんはどんな気持ちだったのだろう。吸血鬼の価値観について詳しくないわたしには、人間との混血が引け目になることなのか、そうでないのかも想像出来ない。もし引け目になるというのなら、わたしはナマエちゃんの弱味を見つけて喜んでいたことになってしまう。
 罪悪感があった。本人のあずかり知らないところで出生について知ってしまった。
 ぐるぐる考えながら廊下を歩いていていたら前方からレイジさんが歩いてきた。アヤトくんにレイジさんにも訊いてみろと言われたので、当然そうするつもりだったのだけれど、シュウさんに言われたことを思い出して言葉が喉につっかえてしまう。

「……どうしたんです、そんなに陰鬱な顔をして」

 余程わたしが凝視していたのか、レイジさんは鬱陶しそうな顔でわたしを見ると、眼鏡を中指で押し上げそう訊いてきたので、反射的に本日四回目の質問を繰り返した。

「……ナマエがどんな人物かですって? それを知ってどうするというのです」
「女の子同士仲良くしたいな、って思いまして……」
「人間の女性らしい考えですね。ナマエがその関係を承諾するとは思えませんが……まあ良いでしょう。何を聞きたいんですか?」

 とっかかりを見つけたいなら趣味でも訊けばいいのに、わたしが口に出していたのは、「ナマエちゃんが半分人間の血を引いてるって本当ですか?」ということだった。
 レイジさんの赤い瞳が一瞬光って、探るようにわたしを見下ろす。

「……どこで知ったのかは知りませんが、随分と踏み込んだことをお聞きになるのですね」
「さっきシュウさんが、教えてくれて……」
「その通りですよ。彼女の母親は人間です。物心つくまえに母親を亡くし、以後私達の父上の城で生活していました。何があったかは知りませんが、今の彼女の性格が形成されたのは城での暮らしが原因のようです」
「ナマエちゃんの、性格?」
「見ていて分かりませんか。あの何にも興味など持たないとでも言いたげな冷たい態度のことですよ」
「……」
「あとは、そうですね。吸血鬼と人間の遺伝子では前者の方が優性らしく、ナマエは私達七人の中で一番父上に似た外見をしていますよ」

 みんなの、お父さん。
 少しだけ知ってる。逆巻透吾という名前で政治家をしていて、他にカールハインツという名前も持っていて、吸血鬼界の王様。
 ナマエちゃんの完璧な顔の造形は皆のお父さん譲りなのか。すごく腑に落ちる情報だった。もしかしたらナマエちゃんから「生命」の空気を感じないのも、誰よりも逆巻透吾に似ているからなのかもしれない。

「これで良いですか」
「……はい、ありがとうございます」

 頭を下げると、レイジさんはわたしの横をすり抜けて廊下を歩いていった。


   6

 やっぱり、周りの人に詮索するなんて卑怯な真似、やめておけば良かった。わたしは自室のベッドで布団を抱きしめ、身体に広がり胸を締め付ける罪悪感に耐えていた。こういうことは本人の口から聞かないと駄目なんだ。
 やっぱり真正面からいくしかない。ぐずぐず悩んでたって仕方がない。
 思い立ったが吉日、わたしは急いで部屋を飛び出してナマエちゃんの姿を探した。無駄に広い散々歩き回って、やっと見つけた。
 彼女はレイジさん以外滅多に誰も近寄らない書庫に居て、息を切らし部屋にやってきたわたしに驚いていた。

「ナマエちゃん!」
「……」

 紅い瞳が、真っ直ぐわたしを見ている。初めて真正面から見た彼女の顔はやっぱり綺麗で、女の子同士なのに不思議と照れてしまう。
 えっと、何から話せば良いんだろう。ご趣味はとか、好きなものはとか、色々頭の中に浮かんでくるけれど、どれも最初の会話としては相応しくないような気がした。
 ナマエちゃんも初めて話しかけられたことに驚いているのか、一言も発さないままわたしをじっと見返していて、それが更にわたしの焦りに拍車をかける。
 考え過ぎで頭が熱くなってきて、わたしは考えもまとまらない内に叫んでいた。

「わ、わたし、小森ユイって言います!!」

 ぱちぱち。ナマエちゃんが二回まばたきをしてから返してくれたのは、

「……知ってるけど」

 わたしの焦り具合に引き気味な声だった。



(20131212)


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