「勿論別にいいんだよ。博愛主義者でしかも君に比べたら途轍もなく莫大な器を持つ俺は全く気にしていないからさ。俺が産まれたこの日この時間つまり俺の誕生日である5月4日に君が何にもくれなくたってね。おめでとうの一言もくれなかった癖に俺の話に耳も貸さないで平気な顔して現在進行形で買い物をし続けている君を責めている訳じゃあない。だけどさあ、常識っていうものがあるじゃない? こんな俺だって常識位は持っているよ? どんな悪人だろうと殺人鬼だろうと、今まさに首もとに刃物を突き付けられて殺されそうだとしても、そいつが誕生日なら心の底から満面の笑みで祝ってあげるよ?」

 久々に池袋へ買い物に行けば、案の定ストーカーの如く彼は居た。裏の世界だが何だか知らないが、自称情報屋の折原臨也は人に埋め尽くされたこの池袋で暑苦しそうな真っ黒のコート纏い、胡散臭い笑顔でナンパの如く話し掛けて来た。「やあ、名前ちゃん。こう会ったのも偶然とは思えないし、デートでもしないかい?」とあたかも偶然を装ったこの男はまるで当然というかのように隣を付いて来た。確かに「好きにして下さい」とは言った。自分の言ったことには責任を持っているつもりだ。だが、誰が「彼氏面をしろ」と言った。彼は本当によく分からない。
 現に今も彼は意味の分からない言葉を口走っている。全くよく喋る男である。

「で、何が言いたいんですか。私、一般より頭が悪いので臨也さんの仰ってる意味が分かんないです」
「だから、結局はここぞとばかり、君のことだしプレゼントの一つや二つ準備していると思って、それに見合った舞台を用意したのに。帰り際になってもその話題にすら触れないってどういうこと」

 どうやら今日、五月四日は彼の誕生日らしい。心の底からどうでもいい話を聞いた気がする。馬鹿言え、今日は体は子供頭脳は大人の某探偵漫画主人公、工藤新一の誕生日だこの野郎。それからみどりの日だ。よって貴様の生まれた日など無い。
 冷めたような目、いや生温い目で彼を眺めていれば、笑みを浮かべているが何だかむっとしている彼に目が合った。

「はあープレゼントの一つや二つって私がまだ学生だってこと知ってますよね。まあ、現代社会の世の中池袋辺りにいる学生の財布の中身はそれなりに裕福なのかもしれないですけど、私の財布は泣きそうなくらい殺伐としてるんですよ」
「ちょっと話が違くないっ。最近やたらと電話かけてもメールしても反応ないから、てっきり俺のそれの為にバイト頑張ってるのかと思って気を使ってあげてたのに」

 臨也に言われたことを仕方無く思い出す。嫌でも記憶に残っているのは、毎日毎日朝から晩まで五月蝿く泣き喚く私の携帯。じゃあサイレントマナーモードにしろよと口を揃えて言うが、それは無理な話だ。一度それにして友人からのメールに一ヶ月も気付かなかった時がある。つまり私が携帯に何事もない限り、使用することは極稀なのである。をだがしかし、今回の彼からの電話及びメールは陰湿な嫌がらせにしか見えなかった。一瞬ストーカーかと思うくらい件数が異常であった。まあ、こんな私をストーカーする輩はこの世に存在しないだろう。

「あー、それは、アレです。どうせ臨也さんだと思ったんで、シカトしました。面倒くさいですし、打たれ強い臨也さんなら平気でしょう」
「今回ばかりはもう許さないからね。何を言われようと、何で釣られようと、命乞いされても許さないんだからね」
「臨也さん、どっかのツンデレみたいな口調になってますよ。正直、気持ち悪いですね。まあ、いつものことですけど」
「っっ、はっ何とでも言えば良いさ。じゃあ、俺も暇じゃあないからね」
「私と話してる時点で暇なんでしょう。本当に結局何しに来たんですか」

 そう言い切った時には彼の姿は池袋の人混みへと消えていた。只でさえ目立った全身黒色なのに、紛れ込んでしまえば見付けるのは容易ではない。ましてやこの人数だ。全くよく喋る上、手の掛かる男なんてろくでもない、なんて恋愛経験者の大人な女性が言いそうな台詞だと思う。しかし、私はまだ子供であり恋愛感情が備わっていないから、彼が望むようなことはしてやれない。元々望んでもいないだろうけど、こんな小娘ひとりに。
 そう思うと胸が何だか苦しくなった。恋の前兆か、と一人勝手に思い込んでみたり。鞄の中から携帯を取り出しある人物へとメールを宛てた。誕生日おめでとうございます。プレゼントを渡したいので今夜ご自宅へ訪問させていただきますね。見事な程短文ではあったが、彼は直ぐに食いつきそうだと何処かからか湧き上がる自信に思わず顔がにやけた。


20110508/ねこ
生誕記念