日溜まりみたいな人だなあ、と彼を一目見た時からずっと思っていた。月並みな喩えだという事くらい分かっているけれど、彼をお日様と喩えるには距離が近過ぎて、太陽というには弱々しく消えてしまいそうな薄日。だから、小さな隙間から入り込んでどんどん浸食し、至るところにいつの間にか居場所をつくってしまう、日溜まりのような人。そんな芥川くんに私は容易に惹かれてしまった。
 花というには擽(くすぐ)ったくて、樹木というには伸ばす枝のない私は、所詮そこら中に生えている青々とした雑草なのだろうと思う。私は成長するために陽光を浴びようとする植物のひとつに過ぎなかったが、その暖かい日差しにいつしか恋慕の感情を抱いてしまっていた。彼のことが、甘いお菓子より好き、幼なじみのあの子より大好き、この世の何よりもずっとずっと愛してる。――いよいよ胸の内に秘めていられなくなった私は一ヶ月前、きっと彼は私の事など知りもしないだろう、と承知の上で彼に私のこの思いの丈を告白したのだった。
 彼は私の姿をいつも見ていた、と言った。それは、私が彼が眠っている場所を探しているからという事に彼は気付いていないようだった。彼は私なら好きになれるかもしれない、と言った。想いが届き、願いが叶った私は喜びを感じた。
 そして、彼は私だけの光となった。
 そう私だけだった筈、なのだが。


 放課後、担任に呼び止められ、その職員室へ向かうと跡部くんに会った。慈郎とは上手くやっているようだな、と彼らしくないが私の事を気遣ってくれているようだった。俯かせていた顔を上げて彼と視線を交えると、優しげな青い瞳がこちらを見下ろしていた。もしも、跡部くんが私の――だったら。一瞬頭を過ぎった考えに釘を刺すように、伏し目がちにうん、と短く頷いた。彼は芥川くんの所属する部活の部長さんだからその彼女である私に気を掛けてくれるだけ、それだけなのだ。曖昧に言葉を濁し、居たたまれなくなった私はその場から逃げるように離れ、ひとつ溜め息を吐いた。
 教室へ戻ると、彼がいつものように机に寝そべっていた。窓の空きから滑り込むように入り込んできた風にゆらゆらと綺麗な金色が揺れる。思わず漏れてしまった笑みを隠さずにその机に歩み寄って癖のあるそれに手を伸ばそうとした。だが、それは触れる寸前で届くことはなかった。突然手首を強く掴まれ、大袈裟に肩をびくりと揺らす。私の瞳を見上げる彼のそれに、思わず目を逸らした。
 沈黙が重々しく感じられる。二人きりの教室内には、秒を刻む時計の針が動く音とどくんどくんと荒々しい胸の鼓動だけが聞こえてくる。彼の視線は依然として私を貫くようにこちらへ向けられているが、私はそれから逃れるように何処を見ればいいのかと目線を彷徨わせる。

「うそつき」

 ――え? 彼の呟きに対して、無意識に聞き返した途端に、ぎゅっと掴まれていた腕を強く引き寄せられた。至近距離で目が合う。彼の行動に動揺を隠しきれず、どうしたの、芥川くん。そう声を掛けようと口を開こうとした――。

「嘘吐き」

 それを許さないというかのように私の唇に彼の人差し指が押し付けられる。彼の瞳に写った私の表情は不安の色を濃くしていて、何かに怯えているようにも見えた。嘘吐き、嘘吐き、うそつきウソツキ、欺瞞と嫌悪の情を映す瞳は私の心を覗こうと、入り込もうとする。口を噤む私に満足したのか、人差し指を引くと彼はふわりと人の良い笑みを浮かべる。しかし、不自然に目が笑っていない。

「名字ちゃんなんて、大嫌いだC」

 芥川くん、何処へ行くの。
 待って待って、ねえ、行かないで。
 彼が私を見てくれないと、私のようなものは他の美しい花々の影に隠れてしまうだろう。彼無しでは私は生きられないのだ。枯れてしまう枯れてしまう枯れてしまう、私のこころが枯れてしまう。
 以前の暗がりから彼を見上げる事も出来ず、ただ温もりを感じているだけの私では惨めで無力だった。彼を独占しようとする私は醜く、泥にまみれて必死にもがきながらも、あの光を我が物にと目論む汚れた人間に過ぎなかったのだ。


 気付くと教室内は闇に侵食され、窓から見える景色は既に暗く、グラウンドで活動していたであろう生徒の声はなかった。仄かにさらさらと頬を撫でる風に誘われるように窓辺へ寄ると、分厚い雲に覆われた空、その隙間から黄土色の半月が見えた。彼のような眩しいけれど、けして遮れない薄らな光。害を与える私はいつしか摘まれてしまうけれど、彼の隣に居られて幸せだったと心から思う。


20110505
生誕記念