平均って何、意味わかんない。
 不貞不貞しく俺の前の席を占領し、椅子に行儀悪く後ろ向きに両脚を開いて跨がり、尚且つ人の机をも陣取ろうというのか頬杖をつく彼女に素知らぬ顔で読み進めている書籍の頁を捲ると、苛立ったように手で叩き落とされた。それは重力の働きにより空中で舞いながら机の上に落下し、手を出す前に生意気にもこの二分間に何があったのか彼女に服従するとでもいうように独りでに閉じられてしまった。仕方無くそれを机の中に終い、約一分五二秒前から、絶えず何度も同じ言葉を繰り返している彼女を冷ややかに見やる。睨まないでよ、と肩を竦める彼女は図書室で知り合った読書同好会の一員であり、実地悪友である。彼女と話や好みは合うのだが、やや変質的な面がある故、深入りはしないようにしていたつもりであるが、それも裏目に出ているらしかった。彼女は逃げられると追い掛けたくなる衝動が殊の外強いらしい。

「平均は観測されるデータから、その散らばり具合を平らに均(なら)して得られる統計的な指標の事を指す、が」
「例えば、AさんBさんCさんの身長を150センチ、160センチ、170センチとする。その合計つまり480を3で割ると、答えは160となり、平均は160センチになる。この位なら、計算せずとも意味を理解していれば勘で分かるってそんな事聞いてんじゃないのよ」
「では、右から175センチ、180センチ、177センチ、164センチ、178センチ、168センチとしたら、」
「高い順に並び替えると、三番目の177センチ、四番目の175センチを足して2で割ると、176センチでしょう」
「それはメジアンか。だが、全体から外れた数値がある場合に用いられるのであって、対して差が無い場合ならば、先程と同じく、173.7センチだ」
「いいえ、174.8センチよ。あんたともう一人を忘れちゃ駄目でしょ」
「いつの間に、男子テニス部のレギュラーメンバーの身長を調べた。否、何故個人的なデータを知っている」
「ファンクラブ経由。因みに、もう一人は幸村か仁王でしょう。当たり?」
「個人情報の漏洩ではないのか。もう一人がどちらかだというのは当たりだが外れだ。確かにその測定の資料を基にした時点ではそれが正しいと言えるが、幸村の身長は既に176センチだ。よって平均は174.9センチ。残念だが、それは流石のお前も見抜けなかったな」
「あんたのとこの丸井やらは自ら喋ってると思うけど。はん、知る訳ないじゃない、と言うかあんたらなんかに興味ないもの。ってこんな会話をする為に尋ねてきたんじゃないのに、逸れたわ」
「丸井がデータの流出原因か、予測の範囲だ。なら、俺に付きまとうのはいい加減にして欲しいのだが。拒否はお前を喜ばすだけだという事位、今までの経験から熟知している。では、一体何用だ」

 そこで会話が途切れた。奴なら言い返すだろうと踏んでいたのだが、顔を俯かせるとはこれ如何に。口論で勝ったのはこれが二度目になる。数回程の口論を交わした内、俺が負けた所為は、彼女の横暴な屁理屈と俺の良心である。只の口喧嘩程度で向きになるなど幼稚だ。前回に続き、今回もさも不機嫌そうに尻尾を巻いて逃げるだろうと、机の中に入れた本へ手を伸ばした途端、だんっ机に両手を叩き付け、彼女が立ち上がった。

「私って、平均的な顔立ちなのね」
「おい、待て」
「昨日、彼に告白したらそう言われたのよ。“好みのタイプじゃないから、君とは付き合えない”ってね。何なのよ好みのタイプって。どうせそんな事抜かしといて、可愛い子ならころっと付き合う癖に。大体ねえ、手前のタイプなんて知るかっての。この私が告白する前から、告知しとけってあの野郎。平均的で悪かったわねえ。というか、女子の顔立ちを平均するとか最低。何処の女と比べてんのか知らんけど要するに、お前の理想が高いだけだろうが。で、柳どうよ」
「取り敢えず、平均的とでも言っておくと、“そこはお世辞でも可愛いとか言えよ、データ馬鹿”とお前は言うだろうから、似たり寄ったりな顔立ちよりも個性的で良いと思うと俺は返そう」

 そう、なら良いわ、と口元だけに笑みを浮かべたかと思ったら、目を細め、「みいつけた」と間延びした口調で不気味に口端を吊り上げた。どうやら、昨日の彼とやらに標的を定めたらしい。どうする気だ、と溜め息混じりに尋ねると「分かってる癖に」と俺の肩を二回叩き、机の横を通り過ぎた。恐らく、奴の事だから手を出さずに、約一分十九秒前に俺の目の前で吐き出した暴言の倍で彼を屈伏させる確率96パーセント。残りの3パーセントは大外刈りで一本からの袈裟固め、1パーセントは俺の良心だ。生憎、彼女には俺のデータが通用した覚えが無い為、奴が相手をどうするかなど正確には把握出来ない訳である。この先生きていく中で大した支障は来(きた)さないだろうと、取り出した書籍の頁を捲った。


20120328/愛とかだるい