俺の眼下にはケーキだプリンだパフェだの数種類の洋菓子がテーブル一面に広がっている。端から眺めていけば、ショートケーキからゼリーまで、否もう食べ終えてしまったストロベリームース他諸々も数えて十を軽く越している。そしてテーブルの上に並ぶデザートの半分を片付けては更に丁度通りかかったウエイトレスを呼び止め、追加注文をしている。



「んー、抹茶善財と小豆添えシフォンケーキと抹茶小倉白玉と葛餅と団子、他は後で頼めばいいかな。あ、あとこの秋限定栗入りどら焼きをお願いします」

 にこにことさぞかし至福そうにメニューを見る目を上下左右と行ったり来たりさせながらも、まるで呪文のような言葉でぺらぺらと注文する。どうやら洋菓子シリーズは全品注文をしたようで、お次は和菓子に目を付けたらしい。ウエイトレスは名字の注文を繰り返して確認をとるとそそくさと厨房の方へ小走りで行ってしまった。すぐに目の前でぱくりぱくりと手を進める名字を横目に恐らく生温いであろう珈琲を口に含み、喉を潤した所で話を切り出すことにした。

「で、何が用だったんだ」

 俺が今こんな所に居るのは言わずもがな名字のせいである。因みに名字との主な関係は隣の席というだけの薄っぺらい関係だ。放課後になり部活へ向かおうと教室を出れば、いきなり手を引かれ何故かこんな庶民的な喫茶店とやらに連れ込まれという訳だ。正直名字との関わりが極端に少なかったせいか未だに彼女の扱い方が分からない。目が合おうと声を掛けようと俺が何をしようと何処か嬉しそうな笑みを浮かべるのみ。まさか俺の奢らせる為にここへ来た訳ではあるまい。

「いい加減俺様は帰らせてもらうぜ。金なら払っといてやるからよ」
「へあ、ひょっふ。んぐっ早まらないでよ跡部くん。しっだんぷりーず」
「口を動かしながら喋るんじゃねえ。それとお前今何語話した」
「英語だと思う?」
「知るか」

 伝票を取って席を立ち上がると、勢いよく制服を引っ張られた。首だけをそちらへ向けるとフォークを片手に持ち、口にはケーキを頬張りながらも、必死にYシャツの裾を握る名字がいた。
 先程から俺の苛々が増しているのは気のせいではない。確かにここの珈琲は中々美味しかった。だが、全ては時間の無駄でしかない。彼女に何ら悪気は無くとも彼女のせいで俺の僅かな時間は潰された。放課後は生徒会の書類整理の仕事から部活の練習に部長としての総指揮、帰宅後のレッスン。それに今日は俺の誕生パーティーがある。つまり、スケジュールは隙間無く埋まっていた筈だ。
 用の無い彼女にのこのこついて行った俺にも非があるのは自分自身分かっている。しかし、俺は悪くないだろう悪いのは彼女だ、と我ながら幼稚な感情が渦巻く。苛々が怒りに変わり彼女へぶつけてしまう前に背を向けて立ち去ろとした。
 すると、突然、「皆もう無理だわ」という名字の呟きにしては大きな声が耳に入った。途端に店の入口の扉が開き、雪崩れ込むように大勢の人が入って来る。それから、その先頭を切って前へ出た宍戸が俺の目の前まで来て、「たっ誕生日おめでとっ跡部!」と顔を真っ赤に染め上げて言うと、全員が口を揃えて繰り返す。よく見れば見覚えある部活仲間達とクラスメイト達だった。唖然と目の瞬きを何度も繰り返しながら、口を開く。

「お前ら、何で」
「跡部の知らへんとこで前から地道に考えとったんやで。」
「そそ、侑士なんか死んでたもんな?」
「ちょっ、死んでへんて」
「ま、とにかくおめでと跡部」

 今更になって今日までの記憶を遡ってみれば、色々と思い当たる節があったことに気が付いた。数週間前から何かと欲しい物はないかと訊かれ、妙によそよそしいような雰囲気を出していた。今日なんかは学校へ来た途端、廊下を歩けば笑顔を向けられ、流石の俺でも居心地の悪さを感じた。最終的な裏付けはこの店と名字だ。名字が何品頼もうと嫌な顔ひとつしない。そしてやけにウエイトレスが俺に意味ありげににやにやとした気味の悪い笑みを浮かべていたのと客足が徐々少なくなっていくのが気掛かりだった。
 漸く今、つっかえていた何かがとけた気がした。なるほど、サプライズパーティーだったって訳か。

「たくっお前らは」

 こうして誕生日を祝われるのも中々良いのかもしれないと友人達による小さなパーティーを心から楽しむことにした。次々と人が店に増えていく中で名字がいつの間にかいなくなっていたことに気が付き、辺りを軽く見渡せば厨房からせっせと行ったり来たりする姿を見付けた。
 忍足らに訊けば何でもこの店は名字の親が経営しているらしく、俺の誕生日にちなんで無料で貸し切りにしたという。
 後日彼女には何かを贈ろうと決めた瞬間であり、彼女の印象ががらりと変わった瞬間であった。今回の件で充分甘党というのが分かったが見た目と異なりかなり大食いのようだった。いっそのこと各国から一流のシェフを集めて特大の三段ケーキでも贈るか。ひどく噎せかえりそうな菓子特有の甘ったるい薫りに酔いながらも、彼女へのプレゼントを考えながらひっそりとほくそ笑んだ。



20111009/塩
生誕記念