切原赤也は馬鹿だと思う。
 それは彼の隣の席になってから思い始めたことだ。彼を知ったのは二年生に上がって同じクラスになってからだ。くねくねとうねる真っ黒の短髪に何処か少年らしさを思わすようなやや吊り上がった真ん丸の目。そんな彼も後一年で厳つくなるのかと考えたりもしたが彼は彼のままな気がする。というよりそのままでいて欲しい。それが私の願いである。

「なあなあ、名字!」
「何よ、切原」
「俺昨日が誕生日だったんだぜ!」
「ふーん、それが」
「はあ? おめでとうとか何か誕生日プレゼントとかくれねえの?」
「誕生日おめでとうございます」
「なんかむかつく」

 そうぶうぶうと不満を漏らす彼を置いて友人の席へと向かう。友人には何故だが苦笑いをされたが私にはその意味が分からなかった。私が何とも言えないような顔をしていると友人が私の後ろの方を指差して「こっち見てるよ、切原くん」と面白そうに笑った。それにつられて振り返ると、他の男子達に囲まれた彼がこちらを恨めしそうに睨んでいる。周りの男子は友人と同じ笑顔を浮かべていた。訳が分からないといったように首を傾げると背後から友人の盛大な溜め息が聞こえた。それと同時にいきなりぐいぐいと背中を押される。恐らく行き先は彼の所だろう。ちょっとや待ってと声を上げるもされるがままにしていつの間にやら切原が目の前にいた。私がははっと気の抜けたように笑うと相手は微妙そうな顔をした。

「えっと、誕生日おめでとう?」
「何で訊かれなきゃいけないんだよ」
「ああもうっ! 誕生日おめでとうっ」
「プレゼント」
「はあ? ある訳無いでしょ! 用意してないんだから! 即席でいいなら今日のお弁当くらいしかないわよ」
「じゃあそれでいいって!」
「私の昼食なんだけどっ!」
「じゃあ一緒に食べればいいだろ!」
「あ、そっか」
「嫌とか言うな、ってえ?」

 自分から提案した癖に何故か目を丸くする彼を怪訝そうに見る。「食べたくないなら別にいいけど」と言えば、これでもかという程首を横に振る彼。「じゃあ仕方ないから食べてあげる」と言うと、先程とは反対にぶんぶんと縦に首を振った。それが余りにも馬鹿っぽくて吹き出した。それから彼が笑って皆で笑い合った。馬鹿な彼は多分知りもしないと思うが私は彼にどうしようもない恋心を抱いているらしい。この恋が報われるかなんてまだ神様以外誰も知らないだろう。まだ私は切原の隣にいて良いんだよねと隣で笑う彼を見てそっと呟いた。



「唐揚げ」
「はい、あーん」
「玉子焼き」
「はいはい、あーん」
「嫁に貰いたい」
「はいはいはい、え?」
「んな訳ねえだろ!」
「こんの馬鹿わかめっ!」


20110925/箱庭
生誕記念