2012.04.09 (Mon) 00:25
恥と修羅場*

 クラスメイトの仁王雅治という男子生徒は、学年で一位二位を争う程の問題児である。それは同学年の教師から生徒まで、寧ろ全校生徒の誰もが当たり前のように存知(ぞんち)している事だろう。それもその筈。彼の象徴とも言える、けして模範的とは云えない、襟足まで伸びきった銀の髪を束ね、とある地域の方言を多様に使うといった奇矯な言動と掴み所の無い立ち振る舞いから、まさに異端児そのものであった。入学時から、教師に反抗し、誰彼構わずに欺くことに長けながら、戸惑う人間を嘲るように見下して心の底から喜んでいるような、そんな下劣な奴だった。しかし、そんな悪行を働きながらも、教師が彼を譴責(けんせき)しようとしないのには訳があり、彼はこの学校を常勝という名で轟かせたテニス部の正選手であったのだ。幾ら一癖、二癖あろうと学校側の利益としては大いに期待の出来る人材だったのだろう。それ故に、教師は手を焼いて焼き尽くした。


 水を打ったように静かになった教室内は、やけにひんやりとまた冷気にも似た空気に満たされている。生徒の視線が一心に注がれているのは、例の彼と遅れて教室へ入って来た化学の谷崎という教員であった。悉(ことごと)く課題を忘れる彼は最早恒例のようなもの。妙な言い訳で繕うともせず、ただ「無い」と机に伏せたまま言うのだから、余計質が悪いのだ。そして、それに対し度々飽きもせず彼に突っ掛かかろうとする谷崎は随分と情に厚い人物らしい。他の同僚が彼という存在から目を逸らそうと、彼は意地でも諦めず、和解を望んでいた。だが、今般はまたタイミングが悪かった。教師は今日も同じ問いをすると、重々しく溜め込んでいた息を吐き出し、授業を放棄した。閉められた教室の扉に注目が集まるも、その沈黙に耐えきれず、残された生徒達は口々に罵詈雑言を飛び交わせた。
 あれでも教師かよ、あれで給料貰ってんだぜ、などと初めの方は彼の肩を持つもの、次第に彼に矛先が向くようになった。仁王謝って来いよ、お前いい加減にしろよ、と苛立ちを隠せずに喧嘩腰になる男子生徒に女子生徒はやめた方がいいと仲裁に入る。しかし、彼は全てを素知らぬ顔で席から立ち上がり、聞こえるか聞こえぬかの音量で呟くように言った。

「俺は謝らん」

 その物言いにてめえ、と声を荒らげる男子に目もくれず、静かに立ち去った彼の表情には微々たる変化さえ無かった。
 その後、あっと言う間の出来事に呆然としていた学級委員が慌てて彼を探しに行くも、日頃連む事を毛嫌う彼の行方は知れず、出て行った数分後暗い顔で引き返して来た。殺伐とした雰囲気が漂う中で私は何もせずただただその光景を瞼の裏に焼き付け、ひっそりと息を吐いた。


蝋梅/仁王雅治


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