ある朝の出来事
息を肺いっぱいに吸い込む。早朝の冷えた石の廊下に充満するに相応しい少し痛みさえ感じるような空気は、目を覚ますには有り難かった
まだ若干ふわふわした感じは拭えないが、ゆっくりとした足取りで当てもなく校内をさ迷い歩く。俺はこうやって自分の脚で行動を起こすのが好きだった。みんなは便利な魔法をすぐ使いたがるけど、たまには杖を置いたらどうだろうか。手間でさえ楽しいもんだ
「…さて、朝食まであと30分というところか」
どうしようかな
進む方向はそのままに、中庭に出てみる。最近行っていなかったあの場所にでも行ってみようか。あそこは他の場所よりも緑が深くて落ち着く
そういえば
繁る緑と正反対の暖色を思い出した
少し前に、あの木の根本で寝ていた俺に被さっていた彼女
リリー・エヴァンス
噂に違わぬ美少女で、覆いかぶさる赤毛がとても綺麗だったなぁ。あの赤毛は深い緑の中で一箇所だけ燃えてるような。そうこんなふうに…
「お嬢さん、こんなとこでまた奇遇だね」
分厚い古書から勢いよく顔を上げ、はらりと耳に掛けた毛束が落ちた
「、あっ!」
「君もこの場所気に入ったの?一応今まで俺の場所だっから、少し残念だな」
相変わらず挙動不審でおかしな娘だ。俺の言葉に申し訳なさそうにしている。ごめんわざとだよ
「ごめんなさい、あなたの場所だなんて知らずに」
「いやいい。たまには賑やかなのも悪くないしね」
たまには、ここに意味が篭ってるのに気づいてくれるかな
「あのね、実は私ここで貴方と会えるのを待ってたの」
「あーと、うん」
だめだ、気付いても気付いてなくても同じでした。この前の出会いからわかってはいたけど、とても積極性のある娘なんだね、うん
「私、貴方の名前を知りたくて。私の名前はリリー・エヴァンスよ。自己紹介しましょう」
「君、少し変な娘だって周りから言われたりしない?」
「しないわ」
俺には十分そう思えるんだけどな。ってか、この娘の気持ちとかもなんとなく気付いてるけれども、一応俺も名前くらい知られてると思っていた
「私は、貴方の口から聞きたいの」
陶器のような頬を鮮やかなピンク色に染める彼女は可愛い。素直にそう思う。こんなに真っすぐな言葉は久しぶりに聞いた
するりと口から言葉が出ていた
「俺はジャン・ヘリングだよリリー・エヴァンス」
「…ありがとう」
よろしく
そう言いながら花が綻ぶように咲いた笑顔はとても綺麗だった
20101127
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