※誰も出てこない。タイトル通り





あの頃の私はなんて言うのかな、本当に何も見えていない馬鹿だったよ。いや、見えていないと言うよりは見ていない、見ようとしていない、と表現した方が正しいのかな。まぁとりあえず、ほんまもんの阿呆だったということだ。





昔、今の若い子ども達には考えられないかもしれないが、まだ浪士が志士と呼ばれこの国の想いを背負いただひたすら奔走していたくらい昔、よく面倒を見てくれていた若者がいた。彼は国を憂い想う立場の男であった。彼は志同じくする者達と町はずれの寂れた寺にたった数ヶ月の短い期間だけ陣取っていた。町の住民からは歓迎されていた様子で、大人達が野菜や米を分け与えているのを知っていたが、大人達も人殺しである彼らを恐れていたのだろう、私たち子供には絶対に寺に近づいてはいけないよときつく言いつけられていた。まぁ好奇心旺盛なガキだった私には無意味なものだったけれども。当時の私は、まだ彼の腰ほどの身長しかないほんの小さなガキだったが、彼は面倒臭がりもせずによく遊んでくれていたと思う。

目を閉じれば今でも思いだす。セピア色に褪せた掠れた記憶の断片には、



大きな掌 柔らかな笑顔



それに隠れるような


赤い 臭い



たまに、本当にたまに漂うそれ。当たり前だ、やはり彼も志士。勇ましく国を救おうと信念を掲げ剣を取る志士。私は幼いながらに理解をしていたと思う。しかし恐怖なぞ毛程も感じず、更には臭いに気付いていたことも知られずに彼と過ごしていた。彼は子供であった私にそのような場面は見せたくなかったようだから。


勿論、剣を持つ者の恐ろしさは理解していたよ。久しぶりに帰ってきた彼らの志気の下がりようや、何よりその背中がどんどん小さくさらに丸くなっていくことがどのような意味を示しているのかも。そして、彼等も同じことを相手に与えているということも。




それでも、私にとってはそんなことよりも、彼のあまり触らせてはくれなかったふわふわ綿毛の障り心地やお日様のように暖かい笑顔のほうが大きかったんだ。




私はそんな彼に憧れの念を抱いていたのかな、彼のふとした瞬間に見せる普段あまり見ることのない横顔に淡く仄かな想いを寄せていたと思う。幼い私が大人の彼に恋心を抱いていたのはさぞかし滑稽だったことだろう。実際、彼と志同じく奔走していた友人達は私が彼のことを慕っている様を見てよく笑っていた。笑って、彼のそれと似ているが全然違う大きくて豆だらけでゴツゴツとした掌で私の頭を乱暴に掻き回していたなぁ。私はガサガサと荒れた肌が痛くてそうされることは好きではなかったけれども。


ただのガキだった癖に子供扱いされることが一番嫌いだった。早く彼のような大人になって一緒にいたかった。今思えば彼が私を構ってくれていた理由は私が子供だったからだというのにね。



そんな彼も、そして彼等も、今はどうしていることやら。あれから一体何年経ったことだろう。短いようで長い月日は彼等を変えてしまったのだろうか。たまに彼の友人をテレビなんかで見かけるけれど、彼はもうあんなことは続けていないだろうな。彼の性格を考えるととても懐かしい。もしかしてあの太陽のような男のことだ、これと決めた女性と一緒になって子供なんかもいるのかもしれない。






嗚呼、本当馬鹿らしい。
今更昔のことを振り返るなんて。




回顧




願わくば最後に彼に一度でいいから会いたかったものだなぁ。


20101128
20110606加筆修正
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