「ねぇ知ってるかい?人間って案外弱くできているもんなんだよ」
先程まで無垢な赤子のように胸に埋めていた顔をあげ、ふと思い付いた様になにを言い出すのかと思えばこの男は。私の上で支配者面して人の意見なんか求めてない癖にべらべらと自らの演説に馬鹿みたいに酔う
「例えばほら、こうやって僕は君の胸を撫でているけれど、このまま指に力を入れてみたらどうなると思う?たった一本の指でも君の骨を折ることができる」
私のない胸をいやらしくさすっていた掌から力が抜け、ぐ、と親指に力が込もる。無表情に、だけども爛々と光る赤い目で見下ろすこいつは決して体重を掛けている訳でもなさそうだが、私のか弱い鎖骨は普段味わうことのない圧迫感に悲鳴をあげた
く るしい
「僕は君の骨を折ることができる。たった指一本でだ。」
息が詰まる。頭は酸素を求めているのに、浅く、浅く、吸えない、
「魔法を使わなくても人は簡単に殺せるんだ」
赤い瞳にちらつく紅が背筋を震わせる。小さな音を立て、とうとう私の肺を覆う脆い骨は軋み始めた
ま、こんなんじゃ人間は死なないけれどね
離れる親指。その瞬間今まで必死に吸い込もうとしていた空気が肺に充満する
「そんな目で睨むなよ、僕は君を殺しやしないから」
そう言って鎖骨にかぶりつくこいつに結局私は抵抗もできなくなってしまうんだ。胸は、まだ大きく上下していて。さっきまでは命の危機さえ感じていたのに、あの目を見てしまったらもう逃げられない
「…トムは、私を、殺さないんだ、」
潤った目でぼやける視界の中、態と"トム"と呼んだ私に向けられる視線に酔う。他の人間は気付かないこのチリチリと苛立ちの込められた眼差しは私しか知らない。この優越感が気持ち良くて止められないのだ。
「君って、本当にいい性格をしているよ」
「貴方に言われたらお終いだわ。この人殺し」
「そうだね、じゃあその偉大なるヒトゴロシから愛する君へ一言」
「君は1番最後にとっておくとするよ」
君には魔法で一瞬で、なんてしないから
最期のその時を思い浮かべる。きっと、脳内に紅い瞳がちらついて仕方がないのだろう
美しい、のかな。興味はある
脆く危うい感情は不安定に揺れる
それを見れるなら、いくらでも折られてもいいのかもしれない
20091208
20101122修正