若葉のまぶしい季節になっても 夜はまだ肌寒いとおもっていたのに 夜半、寝苦しさに目を醒ました。身体を起こすと、窓の外には おもわず手をあわせたくなるほど、清らかに光る満月が浮かんでいる。お水を一杯飲んでからふたたびおふとんへ戻り、眠気がひたひたと満ちてくるころ、音もなく気配もなく視界を覆われた。
驚きのあまり背すじが凍り、眠たさは一瞬で姿を消した。たすけをもとめようと、声をあげたいのに くちびるはふるえるばかり。混乱でいっぱいになっていたとき、静かに、と耳なれた声がおりてくる。


勘さん?

そうだよ。曲者じゃないから、安心して。


ささやくような声の応酬でも、静まりかえった真夜中の家にはじゅうぶんだった。わたしの目を覆う、熱をもったものにふれると そこにはちゃんと勘さんの指があった。けれどすべりおりた先、手の甲には 金属の かたくて冷たい感触がする。


これはなに?

なまえ、静かにするんだ。


やわらかくも有無を言わさない口調でいさめられて、わたしはおとなしく口をつぐんだ。耳をすますと、細く荒い呼吸の音がきこえる。勘さん、いったいどうしたの。いま何を着て、どんな顔をしているの、外で何をしてきたの。おんなのことわらいあって過ごしているのでは、なかったの。
なんで、や どうして は止むことがなく、しかし 勘さんの呼吸の音を信じるほかはなかった。暗闇の中、息をひそめていると 二匹のけものになったような そんな気さえする。一陣の風が外の木々をゆらし、古い家を軋ませる。葉と葉のこすれあう音が この前きいた潮騒に似ていることをおもいながら、目を閉じ 時がすぎるのを待った。


もうだいじょうぶ。驚かせて、かわいそうだったね。


勘さんが 膝をついて立ちあがろうとしている。待って、おもわず わたしの目を覆う手にすがった。


行かないで。

…なまえ、これは夢だよ。ただの悪い夢。きみがいつも見る、生々しくて奇妙な夢。朝起きたらおれはちゃんとここにいて、きみのごはんを食べているよ。だから、いまはもうすこしだけおやすみ。


そっとふれたくちびるは いつもの踏みにじるようなそれでなく、かなしいほどにやさしく あたたかで かすかに血の味がした。ゆっくりとはなれていったとき、そこにはもう勘さんの姿も気配もなく、わたしは夜の中、ひとりで天井を見上げていた。




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