あらかじめ言っておくがこれは不可抗力である。別に私は人様のキスシーンを覗き見て興奮するような変態ではない。
ハッとして扉に掛けようとしていた手を素早く引っ込める。昔から知っている精市が、学年でも可愛いと評判の(名前は忘れてしまったが)女の子とキスしていた。そりゃあ精市が人気なのは知っているけど、なんだかそれがむず痒くて、私は昇降口へと走りだした。


「あーあ!」


大声を出していないとなんとも形容しがたいこの気持ちに押し潰されてしまいそうで。なんだかまるで自分が自分じゃなくなるみたいで私はそれがものすごく怖かった。
普段から精市とは口ゲンカをしたり、お互いに、いや少なくとも私はどこにでもいるような幼馴染みをやってきたつもりだった。だけどだめだ、私、ずっと、ずっと、すきなんだよ、精市のこと。


「うえ…っ、ばかやろー」

「…なまえ?」


誰もいないと思っていたから私はとても驚いた。物陰から私を呼んだのは普段から仲の良い柳だった。わざとへら、っと笑ってみせると柳は眉をひそめて「精市か?」なんて言ってのけた。なんで、なんで。


「お前を泣かせるのはいつも精市だ」


それは柳のデータに基づくものなのかは分からないけれど柳は私より私のことを知っている気がして、私は柳にすべてを委ねてしまいたくなった。「やな、ぎ」そうやって柳を呼ぶ私の声は掠れていてなんだかみっともなかった。


「全部秘密だ、二人だけの」


柳は私の前髪を掻き上げると、おでこにキスをする。それをきっかけに私の目からは堰をきったようにぼろぼろと涙が出てきてこの人には全てを委ねていいんだなんて、妙に安心してしまった。


「だから、もう俺がいないところで泣かないでくれ」そう言って私を宥めてくれる柳がとっても優しくて、暖かくてそれでいてとても悲しそうだった。



こぼれ落ちたもどかしさ


20101204


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