「別れましょう、私達」
暗闇に吸い込まれてしまいたい、と思った。なんとなく予想はしていたけど。だって今日のトキヤはなんだか様子がおかしかったから。ずっと見てきたんだ、少しの変化には気付けるよ。真っ暗な空は、月も隠れていて星のひとつも出ていない。グレーの雲で深く覆われている。トキヤの声は震えていて、繋いでいる手も震えていて、つられて俺の手まで震え始めた。それを隠すように俺はトキヤの手を強く握った。
「どうしたの、いきなり」
振り絞った声は小さくてか細かった。わからないよ、なにも。だって俺はトキヤが大好きでトキヤは俺が大好きで、それは変わりなかったはずなのに。周りを歩く人がなんだかスローに見える。俺達だけ取り残されちゃったみたい。トキヤの顔を見ると、目には涙が浮かんでいた。溜まりに溜まったその涙は一滴の雫になり真っ白な頬に道を作った。それはそれは綺麗で、俺はそれをじっと見つめた。
「こんな非生産的な事を続けていても、仕方ないんです。私は男だから」
そんな事、とっくの昔から知ってる。知ってるんだよ。一度開いた道は閉ざされることを知らずに、何滴もの涙が通っている。いやだよ、見ていたくない。俺は空いていた右手で白い頬を拭った。
「音也が家族に憧れているのは、ずっとわかっていました。それなのに私はずっとそこから目を背けていました。私には、あなたの夢を叶えられません」
家族が欲しい、というのは確かにずっと思っていたことだ。施設で育った俺は家族の温もりを知らない。
それでも俺が告白したあの日から、トキヤが照れながら頷いてくれたあの日から、俺の頭は、トキヤで埋まっていたのに。ベタだけどこのままずっと一緒に居れたら他になにも要らないって思ってた。
「それはトキヤの優しさ?」
トキヤは小さく首を振った。そして、これは私のけじめです、と告げた。この話題になってから初めて目があった気がする。トキヤの目は悲しいくらい真っ直ぐで、逃げられない。俺が何と言おうがもう意見を変えることはないって、伝わってくる。
「そっか。じゃあ、バイバイ」
そう言って握っていた手を離す。そして最後の笑顔をトキヤに向けた。恋人から他人に変わった彼に背を向けて歩き出す。早く、早くはやく。早くしないと涙が、零れちゃうから。空は俺の心を映すように泣き始めた。ポロポロポロポロ。今俺の頬を伝っているのは、誰の涙?
トキヤのけじめは優しすぎたんだ、俺には。だって俺はそんなもの要らないもん。男同士だって非生産的だって知っていながら始めた恋。恋にはいつか終わりが来るなんて言うけど、そんなもの嘘だと思ってたよ。さっきまでこの左手は暖かかったのに、もう温もりを感じることはないんだね。笑顔でまたねを告げたことも、夜中に電話でくだらない話をしたことも、喧嘩の後のごめんねも、今となっては全てが眩しすぎて、掴めないや。
好きだったよ誰より
(君色に染まる日々、だった)
title by 確かに恋だった