小さい頃は欲張りだった。あれも欲しいこれも欲しい、子どもの欲求はきりがない。でも駄々をこねて我が儘を言える状況じゃないっていうことはよく理解していたから、決して口には出さなかった。だから欲求を抑える力は割と人よりもある方なんじゃないかなって、思ってたんだけど。今は少しだけ大人になって、何でもかんでも欲しいとは思わなくなった。だけどどうしても手に入れなきゃ気が済まないものが1つだけある。そしてその欲求はどうにも心で抑えたままにしておくのは難しいようだ。
「トキヤートキヤー」
「なんですか?」
「へへ、呼んだだけ」
「‥‥」
何かを書いている手を止めて俺の呼ぶ声に振り向いてくれたけど、眉間に思い切り皺を寄せて向こうを向いてしまった。その表情があまりにもあからさま過ぎていじらしい。こんなくだらないやり取りは初めてではない。むしろ毎日、いたずらしちゃってるくらい。だってトキヤ、可愛いんだもん。毎回律儀に振り向いてくれるところがどうにも愛しいのだ。
トキヤとの距離は、出会った頃に比べてだいぶ縮まったと思う。入学し始めの頃は話しかけるだけで嫌そうな顔をされた。どうやら俺は人との距離が近いらしい。この距離というのは心じゃなくて顔的な意味で。だって近くで会話した方が気持ちも通じ合うじゃんか、ねえ?今となってはトキヤも慣れたのか、それとも諦めたのか、何も言わなくなった。それを良いことに俺は少しずつ、近付いていってる、どっちもね。
「トキヤー」
「‥‥‥‥‥何か」
「怖っ!今度はちゃんと用あるよお!」
「はあ、なんですか?」
「ここわからなくて‥教えてくれたら嬉しいなーあ‥」
溜め息をつきながらスタスタとこちらに近付いて、隣で止まった。そして俺の手にある課題を覗き込んでいる。真剣に課題を見つめるトキヤと真剣にトキヤを見つめる俺。うわ、睫毛長いなあ。色も白いし。こんなに整った顔して、羨ましー‥、
「ち、ちか、近いんですよ!私の顔に何かついてますか!?」
「えっ?あっごめん!」
「まったく‥いいですか?ここは、符号が‥、」
いつの間にかトキヤの顔と俺の顔の間にはほんのちょっとの距離しかなかった。見とれすぎちゃったみたい。無意識ってやつ。あのまま勢いでキスでもしちゃえばよかったかなあ、なんてね。まあ、顔真っ赤にして睨みつけるトキヤを間近で見れただけでも良しということで。
「‥わかりましたか?」
「ん?」
「人がせっかく時間を割いて説明してるのにあなたという人は‥!」
「だってトキヤが可愛くて‥」
「はっ!?」
意味が分からないとでもいったような表情を浮かべたかと思えば、みるみるうちに真っ白な肌は朱くなった。なんか振り回されてるなあ俺。ますますはまっちゃいそう。
食べてしまいたい
(ぱくり、むしゃむしゃ)