「名前ちゃうわああああああん」
「……」
無言でティッシュを差し出せばちらりと見ただけでまた大きな声をあげて泣き声をあげるまるで大きな子供だ。
別に私が泣かせたわけではないので構う必要全くないし、泣いている内容も内容だから余計に構いたくない。
「…ばかじゃないの」
可愛い女の子に騙されて付き合って殺されそうになるなんて。
「………っ…ひ、ひ、ひどいようわああああああん」
つい出た一言で余計にうるさくなってしまった。ああもうお隣さんに怒られるこのばか。
さっきまで法廷にいたとかなんとか言ってたけど泣きながらだったから詳しいことはよくわからない。というか何故家に来たのか、この半年間ろくに会話もしてないじゃない。「彼女が出来たならあんまり私と話さない方がいいよ、彼女不安になるから」って言ったのは私だけど。でもそれに「そっか…そうだね、控える」ってにっこり笑うのもどうかと思う。その時の私の気持ちは正直今の龍一よりさらに大声あげて泣き叫びたかったよ分かってんのか。分かってないから今こうやって突撃訪問されたんだろうけど。
「…ううう…名前ちゃん…」
その顔でその声で名前を呼ばないで欲しい。
「…ねぇ…っ…」
その手を伸ばさないで欲しい。
「…泣き止んだら帰ってよね」
声に応えるでもなく手を掴むわけでもなく返した声は自分でもとても静かで冷たく感じた。
さらに泣くなら泣けば良い自業自得じゃないか。都合の良い女なんてまっぴらごめんだ。
正直この気持ちをはやく忘れてしまいたいし思い出にすらしたくない。こんな、こんな情けない男が好きで好きでたまらないなんて、初恋をずっと想い続けているなんて、本当はずっと傍にいて欲しいなんて。それなのに、どうせ、私のことなんてただの幼馴染としか思ってないくせにこうやって縋って来るなんてずるい。ずるいずるいずるい私の方がよっぽど泣きたい。泣き叫んでそのまま消えてしまいたい。
「…名前ちゃん…?」
何。
「泣いてる…?」
「…っ」
泣きすぎて真っ赤な目にうつる私が揺らいだ。
「何で」
「うるさい泣いてない」
「泣いてるよ」
「泣いてるのは龍一じゃないの」
「ぼくはもう泣いてないよ」
「さっきまで泣いてた」
「…でも今泣いてるのは」
「泣いてない!」
泣いてないから放っておいてさっさと帰って。
お願いだからもうこれ以上私を振り回さないで。
「龍一なんか嫌い」
「…」
また泣くのか。ぴくりと私に伸びていた手が固まった。泣くならなけばいいもうティッシュなんて貸してやらないんだから。だからもう私に話しかけないでこれ以上嫌な女にしないで。やめてやめてやめてだいきら「ごめん」
「…は…?」
聞こえたのは泣き声ではなかった。少し震え気味の、でもとても真剣な声だった。
「泣かないで」
「な、いてなんか」
「ごめん」
もう一度聞こえたごめんはとても近くで響いた。
私の視界にはさっきまでぴーぴーと泣いていた男の肩と尖った髪の毛がうつり、背中にはさっきまでごしごしと涙を拭いていた手がしっかりと回されていた。
「りゅ、」
「名前ちゃん」
ごめんね、大好きだよ。
耳元で響いた言葉に私はついに涙が零れ落ちた。ああこうやってこの男はまた私を縛り付けるのだ。