「ねぇ、好きって何」

「は」

「…間の抜けた顔」

「誰が間抜けだ」

「君だよ」


呆れたように息をついてまた「で、何」と尋ねてくる。いきなり「やぁ」とか言って家に来てごろごろと雑誌を読んでいたかと思ったらいきなりよく分からない質問を投げかけてきた。何言ってるんだこいつ。雑誌に変なことでも書いてあったのだろうか。好き?好きって何?何言ってるんだこいつ。思わず二回も言っちゃったよ。いや何回言ってもいいと思うからもう一回くらい言っておきたい。何言ってるんだこい「ねぇ」「うわっ、ちょ、近い!」


ぐいと近づいてきた渚に思わず仰け反った。いきなり視界いっぱいに渚とか心臓に悪いです距離感どうなってんのこの人。いつもパーソナルスペースに平気で踏み込んでくるというかなんというかもしかしてこの人にはそんなスペース無いのかもしれない。そこのところ考えて欲しいと思っているのに「…何で避けるのさ」目の前の男は不機嫌そうに眉を寄せていてこの思いが通じる確率の低さに泣きたくなった。




「何となく避けるよ!大体、何で急に好きとかそんなこと聞いてくるの」

「…何となくだよ」

「…」

「はやく答えて」

「…その好きの種類にもよると思うんだけど」

「好きに種類なんかあんの?」



何それ面倒だねといって目をぱちくりさせる渚にお前の方が面倒だわぼけと心の中だけで突っ込んでおいた。口に出して機嫌損ねるともっと面倒になるのは経験上確かだ。



「対人だったら、友愛、親愛、敬愛、恋愛…とか?あったり?するし?」

「何で疑問系なの」

「…何で何でうるさいな、いろいろあるの!」

「じゃあ恋愛の好きを教えてよ」

「れんあい」

「そうそう」

「えー何それ…渚超やっかい…」

「いいから」

「…そうだなぁ…例えばその人のことを考えるとどきどきしたり…?」

「…どきどき?」

「声が聞きたいとか、話がしたいとか、傍にいたいとか自分を見てほしいとか思ったり、触れたいとか、触れてほしいとか思ったり…かな?…なーんちゃってー…」


「…」


恋愛について語る自分が恥ずかしすぎて(しかも渚相手に)爆発してしまいたい気持ちを抱えながら最後におちゃらけてみたのに渚は真顔でじっとこちらを見つめていてなんかもう逆にさらに恥ずかしさが増しただけだった。渚このやろう。「名前」「何」



「名前は、僕のこと考えるとどきどきする?」

「は」

「自分の事見てほしいと思う?」

「ひ」

「声が聞きたいとか、話がしたいとか、傍にいたいとか、自分を見てほしいとか、触れたいとか、触れてほしいとか思う?」

「ちょ、ま」

「ねぇ、答えてよ」

「待った待った待った落ち着いて渚!近い近い!」

「逃げないで」

「ちょ…!!」

「…名前」



後ずさろうとすればがしりと手首を捕まれて、仰け反る私に被さるように顔を近づけられた。囁くようにでもしっかりとした声で呼ばれた名前と刺すように光る赤い瞳に言葉が詰まる。
何か言わなきゃと思いながらも何を言ったらいいかぐるぐると思考が回転するだけで声が出ず、唇が震えた。何この急展開ついていけない。



「…僕は思うよ」

「!」



君のことを考えると、胸が高鳴る。いつだって会いたい。声が聞きたい。話がしたい。傍にいたい。触れたい。触れてほしい。ねぇ、これが好きってことなの。ねぇ、僕、



「君が好きなの?」

「…なぎさ」



口を挟む暇なく次々と吐き出された渚の心の内と、苦しそうな表情にさらに言葉に詰まる。何と言えばいいのか分からないでも何か言わなければ。まさか疑問系で告白されるとは思いもよらなかった。そんなこと私が知るかと言えればどんなに楽か。というか渚がそんな風に思っていたこと自体思いもよらなかったけど。



「君は僕をどう思ってるの…」

「私は」

「…」

「っちょ、渚!!」

「…君も、心臓うるさいね」



質問したかと思えばこの男。ねぇこれって僕のせい?いきなり抱きしめて来た渚の嬉しそうな声が耳に触れる。そうだよ、お前のせいだよ。っていうか渚も充分うるさいからもうどっちがどっちなんだか分からない。どんどこどんどこ太鼓か。



「頭の整理が、できない」

「要約すると、僕は君が好きで、君も僕を好きってことでいいんじゃないの」

「後半」

「…好きじゃないの?」

「それは…ちょっとまだ…考えたこと無い…」

「何それ…じゃあ今考えてよ」

「すぐそういう無茶を言う」

「無茶じゃないさ、今僕がここにいるんだから」



そしてこれが答えだろ。考えろと言ったくせに答を出すのはお前かい、一回そういうところしっかりつっこんでやりたかったけどもう遅かった、ああ、その通りだよ。近づく唇を私は拒むことができなかった。





2013.2.10


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