らない街で
(ニル→アレ←ハレ)

※駅員ニール×大学生アレルヤ
※ドジっ子アレルヤ
前半→ハレルヤ目線
後半→アレルヤ、ニール目線













「2番線、電車が発車します。黄色いラインの内側まで―――」



事務的に繰り返されるアナウンスが流れ、ホームには発車の笛が鳴り響く。ゆっくりと加速する電車の中、アレルヤとハレルヤは空いている座席に腰かけた。

平日の昼間ということもあり、休日や朝夕のラッシュには混み合うホームにも車内にも、どこかゆったりとした空気が流れている。一定のリズムで上下する車体に揺られつつ、ハレルヤは外を流れる景色に目を向けた。
今日はアレルヤもハレルヤも休講日ということで、久しぶりに二人で出かけることになったのだ。普段あまり行かない、少し遠くにある街へ。

久しぶりに出かける、ということで、ハレルヤはかなり浮かれていた。出かけること自体は久しぶりではないけれど、アレルヤと二人で外出することは何ヶ月かぶりだ。
ぱっと見普段と変わらず冷静を保っているようだが、手を組んだり足を動かしたり、落ち着きのない様子のハレルヤは珍しい。"柄でもない"なんて自分でもわかっている。しかしアレルヤとの外出が嬉しいことは本当だし、"今日くらい弟らしく甘えても良いかもしれない"とすら思える始末だ。

少しでも気を散らそうと外を見たが、かえって逆効果だったらしい。隣で小さな物音がする度に、ハレルヤの心臓がドキッと跳ねる。アレルヤの様子が気になって仕方ないのだ。
横目で様子を伺ってみると、いつもはボーッとしているアレルヤだが今日は少し違うらしい。


「あー…れ…?…うんー……」


アレルヤはガサガサと鞄の中を引っかき回していて、ハレルヤが見ていることにも気づいていないようだ。

ああ、何か嫌な予感がする。

もう一人の自分が、頭の中でそう告げる。こういう場合の予感は"結構"当たるものだ。その予感がはずれることを願いつつ、ハレルヤはもう一度窓の外へと視線をむける。
しかしそれから数分経っても、隣からの音が止むことはなかった。"結構"な割合で当たるハレルヤの予感は的中してしまったようで、二人が降りる駅の名前が流れたところで、アレルヤはいきなりハレルヤの肩をつかんだ。

"ああ、やはりか"とアレルヤへ呆れまじりの視線を向けると、潤んだ銀の瞳がハレルヤをまっすぐ見上げていた。


「……ねえハレルヤ、僕の切符を知らないかい?」
「知るかバーカ。……もう一回探してみろ。ケツのポケットとか、レシートの間とか」


アレルヤは慌てて立ち上がると、ポケットというポケット全てに手を入れ、レシート一枚一枚の間まで確認した。しかし乗車時の穴が開いた切符は見当たらず、アレルヤは頭を抱えてうなだれる。
どうやら切符をなくしてしまったようだ。改札を抜けてから電車に乗るまでに落としたのだろうか。それにしても、どうしてそんなに離れていない距離で紛失するのかが、ハレルヤには理解しがたい。


「うう、やっぱりないよ。どうしよう、僕……」
「たかが300円だ。もう一回買えばいいだろ」


もし文句を言われたら、始点からの金を払えば良いだけだ。あー…と大きな欠伸を噛みしめながら、ハレルヤは軽く言ってのけた。
そんなやり取りをしている間にも電車は停止し、音をたてて扉が開く。軽快な足取りのハレルヤに付いて、アレルヤは後ろ髪を引かれつつも座席から腰をあげた。






視界に飛び込む見慣れない街の景色に、ハレルヤは口笛を吹いた。

街といっても、ビルや地下鉄でごったがえしたモノではなく、落ち着いた雰囲気を醸し出す、上品な街だ。所々に緑があって、小さな店がいくつも背を並べているような街。
"腹が減った、とりあえず何か食おうぜ"と歩き出すハレルヤについていくアレルヤだが、やはり浮かない表情をしている。スタスタと先を行くハレルヤと、トボトボと歩くアレルヤの差は、少しずつながらも確実に開いていった。改札口が見えた所で、アレルヤはとうとう足を止めた。それにすぐ気がついたハレルヤは、振り返らずに盛大に溜息をつく。


「………。やっぱり僕、駅員さんに事情を話してみるよ」


ハレルヤはそこで待ってて、と風が当たらないベンチを指さすと、ハレルヤの返事も聞かないで駅員のいる窓口へ風のように走っていった。


「……早く戻ってきやがれ」


折角の休日だ。アレルヤのしょぼくれた顔など、見たくない。
遠くに見える窓口を睨みつけると、ハレルヤは冷たいベンチに渋々腰かけた。














アレルヤは窓口まで行くと、恐る恐る中の様子を伺ってみた。

中には綺麗に整頓された事務用のデスクが三つ並べられていて、その真ん中の席で駅員の制服を着た男が一人、黙々と何かを書き込んでいる。仕事を中断させてしまうことを申し訳なく思いつつ、アレルヤは意を決して、しかし控えめに声をかけた。


「あの、すみません」
「…ん?……ああ、すいません。どうしましたか?」


アレルヤの呼びかけに顔をあげた駅員は、椅子から立ち上がると直ぐにアレルヤの前へとやってきた。
くるくるとした茶色の髪が、透き通るような白い肌によくはえている。
"お人形さんみたいな人だな…"なんて思ったアレルヤだが、"どうしましたか"と聞かれた瞬間、そんな考えは一気に吹き飛んだ。

首をかしげて答えを待つ駅員を見ていると涙が出そうになってくる。切符をなくしたなんて、信じてもらえないかもしれない。怒られるだけじゃなく、無銭乗車で警察に突き出されてしまうかも。そしたら、ハレルヤのご飯は誰が作るの?
悪い想像ばかりが頭の中をぐるぐる回って、頭が重くなる。完全に俯いてしまったアレルヤの瞳から涙が一滴、足元にポタポタと落ちた。


「あの、何か困ったことがあるなら力になるからさ」


そう泣きなさんな。
くだけた言葉遣いに顔を上げれば、青い二つの瞳がアレルヤを見つめていた。困ったような、優しさを含んだ視線に、少しだけ軽くなった頭をちょっと上てげ、アレルヤはポツポツと話し出した。


「あの、僕、切符をなくしてしまって…それで……」
「切符を?…なくしたの、いつ気付いたんだ?」
「この一個前の駅、です」
「乗車した駅は?」


駅の名を告げると、"ちょっと待ってくれよ"と人の良さそうな笑みを浮かべた駅員が、一番手間のデスクにある受話器を手にとった。しばらくの沈黙の後、相手と繋がったのか、駅員の表情がパッと明るくなる。


「あ、すまん、ちょっと時間いいか?……あ?ああ、すまん俺はニールだ。……いいさ、気にしてない。あーそれでだな、切符をなくしちまった子がいるんだ。20分程前にそこから乗った。…ああ、…………特徴?…そうだな、前髪が長い、背が高くてハンサムな兄さんだ。……え?ちょい待てよ」


「あんた、連れの方は?」
「え、はい。弟がいます、双子の」


双子とあえて言ったのは、双子ならば覚えているかもしれないと思ったからだ。同じ顔が二つ並んでいたら、一人で歩く人より多少は目をひくだろう。

「了解。……ああ、そうだ。緑の髪の……。……そうか、なら良いんだ。ああ、ありがとさん。…………確認はした。向こうの駅員が、あんたはよく乗るからって覚えてるってよ」


だから、切符はもういいぜ。
その言葉に安心したせいか、心が急に軽くなった。お礼を言おうと顔をあげれば、綺麗なウインクがかまされる。

「良かったな」

その言葉に、アレルヤの胸がどきんと跳ねた。ちゃんとお礼が言いたいのに、上手く口が回らない。

「ああああ、あり、ありがとうございます!」
「次からは気をつけるんだぞ」
「はい!あああの、ホントにありがとう、ございましゅ!」

恥ずかしすぎる。こんな大事な場面で噛んでしまうなんて。赤くなった顔を隠すように何度も何度も頭を下げながら、アレルヤはハレルヤが待つベンチへと走っていった。












その様子を窓口からボーッと見つめていた駅員は、帽子の鍔を摘みながら視線を落とす。必死に笑いを堪えたつもりだったのだが、視界の端にオレンジ色の布が見えた瞬間、とうとう噴き出してしまった。

「ハハハ、なんだよ、"ありがとうございましゅ"って。言葉噛みすぎ」

しかも、言ったそばから忘れ物とは。
薄手のマフラーを手にとると、柔らかな手触りのそれには、まだ少し温もりが残っていた。よく見てみれば、ラベルの端の方に小さく名前が書いてある。


「……アレルヤ…」

アレルヤ、か。良い名前だ。

「いまどき持ち物に名前書いてあるなんて、可愛いじゃねーか」


さっきの泣き顔と去り際の真っ赤な顔を思い出し、度駅員は再び業務を再開した。



マフラーを取りに、彼がもう一度訪れることを期待して。





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